第十章 三元論経済とは正しい二元論経済

従来(旧来)の経済=世を荊に(いばらに)して、民を災なう(そこなう)荊世災民の逆さま経済(荊災)=富が好くて、貧が好くないという価値観の経済=金持ちのための経済=「組織の時代」の経済=マクロ経済=未熟な経済=二元論経済。
そして、
二元論経済の光とは富のことであり、影とは貧のことである。
従って、
間違った二元論経済の光とは富のことであり、影とは貧のことであり、
正しい二元論経済の光とは貧のことであり、影とは富のことである。
一方、
新しい経済=世を治め、民を救う経世済民の正さま経済=富も貧も超えた価値観の超経済=徳持ちのための経済=「個人の時代」の経済=成熟した経済=三元論経済。
では、
光とは貧のことであり、影とは富のことである正しい二元論経済、
と、
富も貧も超えた価値観の超経済である三元論経済、
とは一体何処が違うのか?
先ず理解しなければならないことがある。
光とは富のことであり、影とは貧のことであるとは、
富が実在で、貧は富の不在概念に過ぎないことである。
言い換えれば、
表裏一体の一枚のコインを成す貧と富は対立関係にあることに他ならない。
一方、
光とは貧のことであり、影とは富のことであるとは、
貧が実在で、富は貧の不在概念に過ぎないことである。
言い換えれば、
表裏一体の一枚のコインを成す貧と富は補完関係にあることに他ならない。
そして、
既述したように、
自然社会においては、貧(蓄積無し)が実在で、富(蓄積有り)は貧(蓄積無し)の不在観念に過ぎない。
まさに、
表裏一体の一枚のコインを成す貧(不在概念)と富(実在)が対立関係にある二元論は間違った二元論に他ならない。
一方、
表裏一体の一枚のコインを成す貧(実在)と富(不在概念)が補完関係にある二元論は正しい二元論に他ならない。
次に、
表裏一体の一枚のコインを成す貧(実在)と富(不在概念)が補完関係にあるとは、この一枚のコインの材質は貧(実在)とする正しい認識であることを示唆している。
言い換えれば、
表裏一体の一枚のコインを成す貧(実在)と富(不在概念)が補完関係にある正しい二元論とは、富も貧も超えた価値観の超経済である三元論経済に他ならないのである。
畢竟(詰まる処)、
三元論経済とは正しい二元論経済に他ならないのである。