第四章 本来の哲学

“19世紀と20世紀には、科学は哲学者、いや少数の専門家以外の誰にとっても、あまりに技術的、数学的になりすぎた。
哲学者は探究の範囲を大幅に縮小し、20世紀のもっとも有名な哲学者でもあるウィトゲンシュタインが『哲学に残された唯一の任務は言語の分析である』というほどになった・・・・・・・”
まさに、
現代社会において、哲学は言語の分析能力しかない学問になり下がってしまったようだ。
では、
古代には、すべての学問として尊称されていた哲学が、現代ではなぜ言語学の一つにまでなり下がってしまったのだろうか?
まさに、
この問いに対する答えに、哲学の本質を見抜くヒントが隠されている。
そこで、
言語とは厳密に言えば学問ではなく処世術のひとつだ。
平たく言えば、
言葉とは暮らしの(生きる)知恵だ。
言い換えれば、
言葉とは暮らしの(生きる)手段だ。
まさに、
言語学(術)と哲学の共通項は、暮らしの(生きる)知恵にある。
言語学(術)と哲学の共通項は、暮らしの(生きる)手段にある。
畢竟、
哲学の本質とは、生きる知恵(手段)に他ならない。