第二章 社会科学としての哲学

古代ギリシャでは、学問全般を哲学と呼んでいた。
一方、
中世ヨーロッパでは、哲学自体が専門化していった。
そして、
専門化していった哲学は、経験主義哲学と合理主義哲学に分かれてゆき、経験主義哲学が自由主義から資本主義へ、合理主義哲学が啓蒙主義から社会主義へと、政治学や経済学の分野へと特化していった。
まさに、
東西冷戦を生んだ二大イデオロギーである共産・社会主義思想と自由・資本主義思想の基は、合理主義哲学と経験主義哲学にあった。
従って、
東西冷戦における西側諸国に組み込まれていたドイツやフランスは元来、東側諸国の盟主ロシア(ソ連)と同じ合理主義哲学派であり、イギリスやアメリカといった西側諸国が奉じた経験主義哲学派ではなかったのである。
まさに、
第一次世界大戦、第二次世界大戦、東西冷戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン戦争、湾岸戦争、イラク戦争と20世紀から21世紀にかけての大きな戦争は、一国対一国の戦争ではなく、複数国同士、複数国対一国といったもので、その核にあったのは、名前こそ若干違っていても、連合国や多国籍国と同盟国や枢軸国との対決であり、その基にはやはり合理主義哲学派と経験主義哲学派に分かれての対決だったのである。
まさに、
連合国においても多国籍国においても、アメリカとイギリスが常に一枚岩であり続け、フランスやドイツの立つ位置がアメリカやイギリスとは違っていた所以がここにある。
畢竟、
古代においては学問のすべてであったのに、中世から近世、近代、そして、現代へと辿ってきた哲学の歴史は、哲学自身が政治学や経済学といった、現代で云うところの社会科学への専門化の道に陥ってしまったのである。