第八章 金持ちの時代から徳持ちの時代へ

悪質な“手段の(使う)お金”は、自己からの“感謝”という想い(念波)を反対給付として貰える結果、不幸感に襲われる。
まさに、
不幸の正体は、利自心にある証だ。
なぜなら、
自己を利する心とは、自己を害する心に他ならないからである。
まさに、
利自心=害自心に他ならない。
一方、
良質な“手段の(使う)お金”は、他者からの“感謝”という想い(念波)を反対給付として貰える結果、幸福感に浸れる。
まさに、
幸福の正体は、利他心にある証だ。
なぜなら、
他者を利する心とは、自己を利する心に他ならないからである。
まさに、
利他心=利自心に他ならない。
平易に言えば、
“自分さえ好ければいい”という利自心の考え方は、自分のことを慮ってくれるのは自分一人だけで、すべての他者は自分のことを慮ってくれない状態に他ならない。
まさに、
利自心=害自心に他ならない証明である。
一方、
“他者が先ず好ければいい”という利他心の考え方は、自分のことを慮ってくれるのは他者全員で、自分一人だけが自分のことを慮ってくれない状態に他ならない。
まさに、
利他心=利自心に他ならない証明である。
そして、
利他心こそ徳性に他ならない。
畢竟、
お金の量(多い少い)が幸不幸の価値観になっていた従来の経済(荊災)は、金持ちの時代だった。
一方、
他者からの感謝の量(多い少ない)が幸不幸の価値観になる新しい経済(超経済)は、徳持ちの時代になるだろう。