第六章 幸福感=益者三友 & 不幸感=損者三友

他者からの“感謝”という想い(念波)こそ真の幸福感の正体に他ならない。
一方、
自己からの“感謝”という想い(念波)こそ真の不幸感の正体に他ならない。
では、
“感謝”という想い(念波)とは一体何者だろうか?
まさに、
新田哲学が主張するところの「三つの法則」がその証明である。
つまり、
(1)「全体と部分の相対性の法則」
(2)二元論(表裏一体の一枚のコインで、実在とその不在概念が二元要素)
(3)「在り方」と「考え方」
こそ、自己(部分=不在概念=「考え方」)と他者(全体=実在=「在り方」)との間の区分け意識の誕生であり、マクロ宇宙(人間を含む)からミクロ宇宙(電子といった素粒子)まで貫く「意志=想い(念波)」の存在に他ならない。
そして、
他者からの“感謝”という想い(念波)とは、他者への信頼心に対する反対給付に他ならない。
なぜなら、
“益者三友”、すなわち、友として有益な三種の要素は正直・誠実・博識、延いては他者への信頼心であるからだ。
一方、
自己からの“感謝”という想い(念波)とは、他者への懐疑心に対する反対給付に他ならない。
なぜなら、
“損者三友”、すなわち、友として有害な三種の要素は便辟(べんぺき=安易な道ばかりとる)・善柔(ぜんじゅう=他者に媚びる)・便佞(べんねい=口先上手)、延いては、他者への懐疑心であるからだ。
まさに、
他者を信頼する心=他者に信頼される心に他ならない証明である。
一方、
まさに、
他者を懐疑する心=他者から懐疑される心に他ならない証明である。
ところが、
我々人間社会の一般常識では、
他者を信頼する心が他者から騙される基と誤解している。
他者を懐疑する心が他者から騙されない基と誤解している。
まさに、
我々人間社会は逆さま社会である証明に他ならない。