第四章 "貯め得るお金"のモノサシ & "貯め得ないお金"のモノサシ

富める者と貧しい者の違いを計るモノサシの名は"貯め得るお金"と云い、モノサシの目盛の単位は"貯め得るお金"の量である。
まさに、
富める者とは、"貯め得るお金"の量が多い者のことである。
まさに、
貧しい者とは、"貯め得るお金"の量が少ない者のことである。
その結果、
富める者が好くて、貧しい者が好くないという好いとこ取りの間違った二元論社会は、世を荊に(いばらに)して、民を災なう(そこなう)荊世災民の逆さま社会に陥った。
そして、
富める者が好くて、貧しい者が好くないという好いとこ取りの間違った二元論経済は、世を荊に(いばらに)して、民を災なう(そこなう)荊世災民の逆さま経済に陥った。
では、
貧しい者も富める者も存在し得ない社会の"貯め得ないお金"というモノサシとは一体どんなものだろうか?
そして、
貧しい者も富める者も存在し得ない経済の"貯め得ないお金"というモノサシとは一体どんなものだろうか?
まさに、
この問いに対する答えのヒントは、"目的の(貯める)お金"ではなく、"手段の(使う)お金"にある。
では、
"目的の(貯める)お金"と"手段の(使う)お金"の違いは一体何だろうか?
まさに、
"目的の(貯める)お金"のモノサシの目盛は量的であるのに対して、"手段の(使う)お金"のモノサシの目盛は質的である。
言い換えれば、
"目的の(貯める)お金"のモノサシの目盛は多い少ないであるのに対して、"手段の(使う)お金"のモノサシの目盛は良質・悪質にある。