第七章 自由と自由競争の矛盾

利益を追求したら行き着く先は、差別・不条理・戦争を繰り返す社会である。
なぜなら、
利益=差益だからである。
言い換えれば、
利益とは差別行為の産物に他ならないからであり、差別の無い平等から利益は決して生まれないからである。
まさに、
マルクスやエンゲルスの主張した共産主義社会とは、利益を追求しない平等社会だったはずである。
そして、
人類は決して差別・不条理・戦争を求めているのではなく、平等・公正・平和を求めているはずである。
だから、
国民国家(民主主義国家)の先鞭をつけた、アメリカ独立(1776年)の精神は“人民の人民による人民のための国家”であり、フランス革命(1789年)の精神は、フランスの国是となった“自由・平等・博愛”なのである。
まさに、
フランス国旗の三色である青色は自由の象徴であり、白色は平等の象徴であり、赤色は博愛の象徴である証だ。
ところが、
平等・公正・平和を願う人類でありながら、平等を標榜する東側社会と利益=差別を追い求める西側社会が戦った東西冷戦で、西側社会が勝利したのは何故か?
その表面的理由は、自由思想が平等思想を凌駕した結果となっている。
なぜなら、
自由競争の原理が利益の極大化の切り札だと錯覚したからである。
まさに、
自由と平等は表裏一体の一枚のコインに他ならなかったというわけである。
では、
フランスの国是である“自由・平等・博愛”は土台不可能なスローガンであったのか?
皮肉っぽく言えば、
フランスの国是は“自由・差別・博愛”にするべきだったのか?
そうでは決してないはずだ。
自由と平等は二律背反するのではなく、補完し合う関係だったはずである。
まさに、
利益を極大化する自由競争原理こそが元凶だった証である。
極言すれば、
利益の追求が元凶だった証である。
まさに、
自由の精神と、自由競争の精神とは相克するものに他ならなかったのである。
現に、
表裏一体の一枚のコインが象徴する二元論の本質は、二元要因が二律背反関係にあるのではなく、補完関係にある。
言い換えれば、
表裏一体の一枚のコインが象徴する正しい二元論は、二元要因が二律背反関係にあるのではなく、補完関係にある。