経世済民学(経済学)

第一部 乱世苦民

第六部 経済哲学

第一章 世を乱し、民を苦しめる「乱苦」(乱世苦民) 第一章 哲学とは考え方学
第二章 支配・被支配二層構造の社会 第二章 社会科学としての哲学
第三章 世襲・相続の差別社会 第三章 社会科学の哲学 & 人文科学の哲学
第四章 四苦八苦の誕生 第四章 本来の哲学
第五章 (善悪)二元論の本質 第五章 経済学も哲学
第六章 (貧富)二元論の本質 第六章 経済学=経済哲学=幸福論の実践学
第七章 社会(世の中)の本来あるべき姿 第七章 貧乏のための経済学=幸福論の実践学
第八章 12000年文明社会最大の分岐点 第八章 革命的発想
第九章 12000年文明社会の三つの分岐点 第九章 経済の革命的発想
第十章 文明社会は進化してきた社会? 第十章 経済哲学の時代
 
第二部 非文明社会

第七部 三元論経済

第一章 文明の進化と退化 第一章 科学は小賢 & 哲学は大馬鹿
第二章 反文明社会 第二章 ニセモノの経済 & ホンモノの経済
第三章 反文明社会の人間社会 第三章 「組織の時代」と「個人の時代」
第四章 (正しい)文明社会=非文明社会 第四章 国家の春夏秋冬
第五章 人間社会=幻想世界 第五章 未熟国家 & 成熟国家
第六章 幻想(幻覚)症状の病気 第六章 未熟経済 & 成熟経済
第七章 善悪二元世界の人間社会 第七章 二元論経済 & 三元論経済
第八章 貧富二元世界の人間社会 第八章 二元論世界の光と陰
第九章 拝金主義 & 超拝金主義 第九章 二元論経済の光と陰
第十章 利益=利息の産みの親 第十章 三元論経済とは正しい二元論経済
 
第三部 真の文明社会

第八部 正しい経済

第一章 差別・不条理・戦争の誕生 第一章 一元論経済 & 二元論経済 & 三元論経済
第二章 利益の概念=差別の概念=戦争の概念 第二章 間違った二元論経済
第三章 ふたつの世界大戦の間で生まれた警察国家アメリカ 第三章 不幸を本音で求める人間という生きもの
第四章 空を制した国民国家アメリカ 第四章 本音だけの幸不幸のない一元論自然社会
第五章 ベトナム戦争で贖罪したアメリカ 第五章 不完全な経済から完全な経済へ
第六章 冷戦の勝利 第六章 常識を打破する
第七章 借金大国アメリカの誕生 第七章 常識を疑ってかかる
第八章 貯金=正の資産 & 借金=負の資産 第八章 正しい経済観
第九章 新しい世襲・相続制度 第九章 四苦八苦に無縁な自然社会
第十章 真の文明社会=真の二元論社会 第十章 間違いだった人間社会
 
第四部 超文明社会

第九部 正しい社会

第一章 文明社会=逆さま社会 第一章 脱文明社会
第二章 逆さま経済から正さま経済へ 第二章 反文明社会
第三章 経済の本質を見直す時期がやってきた 第三章 文明社会は分裂症社会
第四章 正さま経済=経済 & 逆さま経済=荊災 第四章 分裂症社会が支配・被支配二層構造社会の産みの親
第五章 従来の経済から新しい経済 第五章 宗教と科学は同じ穴の貉に他ならない
第六章 新しい経済は貨幣制度を超えた経済(超経済) 第六章 利益社会(ゲゼルシャフト)から共同体社会(ゲマインシャフト)へ
第七章 文明社会の経済は逆さま経済 第七章 共同体社会=共産制社会
第八章 “貯めるお金”から“使うお金”へ 第八章 正しい社会→間違った社会→正しい社会
第九章 “貯めるお金”の罪 第九章 正しい社会(始点)対 正しい社会(終点)
第十章 世襲・相続の慣習が諸悪の根源 第十章 正しい世界
 
第五部 超経済

第十部 新しい経済学=啓世財民学=啓財学

第一章 経世済民=貧富を超えた経済 第一章 経世済民→荊世災民→啓世財民
第二章 好いとこ取りの間違った二元論経済から超経済へ 第二章 原始ゲマインシャフト→ゲゼルシャフト→新代ゲマインシャフト
第三章 貨幣制度の消滅 第三章 ゲゼルシャフト(利益社会)の歴史
第四章 "貯め得るお金"のモノサシ & "貯め得ないお金"のモノサシ 第四章 利益の正体
第五章 幸福感 & 不幸感 第五章 ゲマインシャフト(共同体社会)こそ平等・公正・平和を実現する正しい社会
第六章 幸福感=益者三友 & 不幸感=損者三友 第六章 利益追求が差別・不条理・戦争を生む
第七章 従来の価値観=お金の量 & 新しい価値観=感謝の量 第七章 自由と自由競争の矛盾
第八章 金持ちの時代から徳持ちの時代へ 第八章 矛盾だらけの世界
第九章 金持ちとは徳持ちでない人間のこと 第九章 本音/建前二本立ての間違った二元論社会
第十章 人(仁)徳のある人とは清貧の人 第十章 世襲・相続のない社会

おわりにあたって

一般の人間でも「経済」という言葉は日常で頻繁に使用している。
“それはとても経済的だ!”といった具合に。
だが、
「経済」の語源が「経世済民」にあることを知って使っている人間は多分皆無に近いだろう。
ましてや、
「経世済民」が、“世を治め、民を救う”という意味を持っていたことなど誰が知っていただろうか。
もし知ったら、
世の殆どの人たちは以後、“それはとても経済的だ!”などと二度と言わなくなるだろう。
なぜなら、
世の殆どの人たちが「民」なのだから。
ことさように、
自由という言葉も我々は履き違えていたようだ。
旧来の学者たち、特に経済学者たちは、自由競争の原理こそ利益の源泉であると言い張り、利益を上げないことは悪であるとまで言う始末だった。
まさに、
スタート地点は平等だが、ゴールは差別する。
その結果、
格差社会が登場するはめになった。
その結果、
差別・不条理・戦争が横行する社会になってしまった。
もういい加減、利益を追求することはやめようではないか!
利益を追求する限り、そんな社会から差別・不条理・戦争がなくならないし、ますます世襲・相続の慣習が充満する社会になる。
現に、
世界は世襲・相続の慣習が充満する社会になっているではないか!
経済から荊災になったのだから、啓財にまで行き着こうではないか!


平成25年9月13日  新田 論