第二十六章 新人類の時代

I.無知的生きもの=人類
12000前に狩猟型社会から農耕型社会に代わることによって、文明社会が誕生した。
まさに、
500万年前に猿(Ape)から猿人(Australopithecine)に進化し、50万年前に猿人(Australopithecine)から原人(Homo-erectus)に進化し、数万年前に原人(Homo-erectus)から新人(Homo-sapiens)に進化し、1万数千年前に新人(Homo-sapiens)から人類(Mankind)に進化したのが、12000年前に人類(Mankind)から人間(Human being)に進化し、晴れて、知的生きものに進化したのですが、残念ながら未だに、不完全な知的生きもののままです。
そういう意味では、
50万年前に猿人(Australopithecine)から原人(Homo-erectus)に進化した時点で知性の縁は見られたものの、実質的には、知的生きものに進化したのは人類(Mankind)から人間(Human being)に進化した12000年前のことです。
まさに、
文明社会の誕生こそが、知的生きものの誕生に他ならなかったわけです。
逆に言えば、
文明社会が誕生した12000年以前の人類(Mankind)は、依然エデンの園(自然社会)で暮らす無知的生きものであったわけです。

II.不完全な知的生きもの=人間
12000年間続いてきた文明社会とは、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会、
宗教と科学が横行する社会、
男性社会、
で構成されるトライアングル(ピラミッド型)社会だった。
その結果、
人類は、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる一生を送る羽目に陥った。
差別・不条理・戦争が罷り通る社会になってしまった。
更に、
国家のある社会
会社のある社会
家族のある社会
政治のある社会
経済のある社会
社会のある社会
を構築してしまった。
まさに、
完全な知性を獲得することこそが、潜在能力を100%発揮できることを可能にさせ、無知な自然社会の生きものの上に有知の人間が君臨できる所以なのに、未だ不完全な知性しか発揮し得ていない人間社会では、無知な自然社会の生きものの上に有知の人間が君臨できる資格はないと言えます。
まさに、
不完全な知的生きもの=人間であった証明です。

III.完全な知的生きもの社会とは?
では、
完全な知的生きもの社会とは一体どんな社会でしょうか?
第二十五章【超える時代】(V.万物の霊長社会の所以)で論述したように、
まさに、
死を知った生きものであることで、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖を克服できる一生を送ることができる社会になる。
その結果、
均質構造の実力主義の平等社会になる。
女性社会になる。
そして、
民主主義と哲学が主役の共和制知恵社会になる。
その結果、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖を超えた社会になる。
そして、
平等・公正・平和の社会になる。
更に、
国家のない社会
会社のない社会
家族のない社会
政治のない社会
経済のない社会
社会のない社会
を構築することができるでしょう。
IV.人類(Mankind)→人間(Human being)→新人類(Womankind)
では、
無知的生きものであった人類(Mankind)が暮らしていたエデンの園(自然社会)から人間(Human being)に進化した12000年前に誕生し現在まで続いている文明社会、
すなわち、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会、
宗教と科学が横行する社会、
男性社会、
で構成されるトライアングル(ピラミッド型)社会、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる一生を送る羽目に陥った社会、
差別・不条理・戦争が罷り通る社会、
更に、
国家のある社会
会社のある社会
家族のある社会
政治のある社会
経済のある社会
社会のある社会
から、
死を知った生きものであることで、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖を克服できる一生を送ることができる社会、
均質構造の実力主義の平等社会、
女性社会、
民主主義と哲学が主役の共和制知恵社会、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖を超えた社会、
平等・公正・平和の社会、
更に、
国家のない社会
会社のない社会
家族のない社会
政治のない社会
経済のない社会
社会のない社会
に代わるためには、人間(Human being)である我々現代人は如何にするべきでしょうか?
まさに、
人類(Mankind)から人間(Human being)に進化したように、
人間(Human being)から新人類(Womankind)に進化するしか道はないでしょう。

V.新人類(Womankind)への道
では、
人間(Human being)から新人類(Womankind)に進化する道とは一体どんな道でしょうか?
まさに、
前節IV.(人類(Mankind)→人間(Human being)→新人類(Womankind))のタイトルにそのヒントがあります。
つまり、
人類(Mankind)→ 人間(Human being)→ 新人類(Womankind)で円回帰運動が完結することを意味しているのです。
言い換えれば、
始点 → 円周 → 終点で円回帰運動が完結することを意味しているのです。
更に言い換えれば、
一元世界 → 二元世界 → 三元世界で円回帰運動が完結することを意味しているのです。
従って、
人間(Human being)から新人類(Womankind)に進化する道とは三元世界へ完結する道に他なりません。
すなわち、
現象は恰も一元世界(始点)と同じですが、二元世界(円周)を経由(経験)しての三元世界(終点)へ辿る道に他なりません。
すなわち、
現象は恰も人類(Mankind)が構築した一元世界(始点)と同じですが、人間(Human being)が構築した二元世界(円周)を経由(経験)しての新人類(Womankind)が構築するべき三元世界(終点)へ辿る道に他なりません。