第二十一章 政治のない世界

I.政治の概念
政治とは、政事(まつりごと)が語源であり、更には、祭事(まつりごと)が語源であり、奉事(まつりごと)が語源であるように、政治と宗教は表裏一体の関係にあることを決して忘れてはいけません。
従って、
政教分離(政治と宗教は分離しなければならないという意味)という言葉は、本来は政教一体ゆえ誕生したわけです。
まさに、
「創価学会」という宗教団体と「公明党」という政治団体の存在が、その証明です。
まさに、
「幸福の科学」という宗教団体と「幸福実現党」という政治団体の存在が、その証明です。
畢竟、
政治団体と宗教団体は、しょせん、同じ穴の狢であるのが実体なのです。
畢竟、
政治の世界は金塗れの世界であるように、宗教の世界も金塗れの世界であるのが実体なのです。
畢竟、
マルチビジネス(ねずみ講)が、宗教色の濃い団体になるのは必然なのです。
畢竟、
政治団体は、マルチビジネス(ねずみ講)と、本質においては、何ら変わらない所以です。
まさに、
これらが集金マシーンと揶揄される所以に他なりません。
まさに、
これらが詐欺団体である証明に他なりません。
従って、
政治の概念とは、宗教の概念、マルチビジネス(ねずみ講)とまったく同じだったことを、今ここで、再確認しなければなりません。
言い換えれば、
政治とは、宗教やマルチビジネス(ねずみ講)とまったく同じ穴の狢であり、守銭奴行為に他なりません。

II.実在性のない政治
政治とは、
宗教やマルチビジネス(ねずみ講)とまったく同じ穴の狢であり、守銭奴行為に他ならない。
そして、
マルチビジネス(ねずみ講)は、現代社会の法律においても禁じられています。
なぜなら、
無限連鎖取引に陥る可能性を常に抱えているからです。
言い換えれば、
商品販売という名の下の集金マシーン化した組織だからです。
まさに、
商取引、すなわち、金儲けはすべて、究極的には集金マシーン化の道に陥る危険性を孕んでいる証明に他なりません。
そして、
金儲け、すなわち、集金マシーンに潜む本質とは、支配・被支配二層構造社会が本質的に抱える搾取行為に他ならず、延いては、差別行為、不条理行為、戦争行為へと繋がっているのです。
まさに、
支配・被支配二層構造の世襲・相続制度社会である人間社会だけに、差別・不条理・戦争が横行し、支配・被支配二層構造の世襲・相続制度社会でない自然社会には差別・不条理・戦争が一切ない所以がここにあるのです。
言い換えれば、
金儲け、すなわち、集金マシーンに潜む本質とは、支配・被支配二層構造の世襲・相続制度社会が本質的に抱える搾取行為であり、まったく実在性のないものである証明に他なりません。
従って、
究極的に集金マシーン化の道に陥る危険性を孕んでいる金儲け、すなわち、商行為はすべて実在性のない虚業である証明に他ならない。
従って、
宗教もマルチビジネス(ねずみ講)も、究極的に集金マシーン化の道に陥る危険性を孕んでいる点においては、実在性のない虚業に他ならない。
従って、
宗教やマルチビジネス(ねずみ講)としょせん同じ穴の狢である政治も、究極的に集金マシーン化の道に陥る危険性を孕んでいる点においては、実在性のない虚業に他なりません。

III.政治のない世界
政治、すなわち、政事(まつりごと)の原点である祭事(まつりごと)、すなわち、宗教は、支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会を堅固にするための最大の方便として、古代から中世の時代を生き残ってきたが、近代の幕開けに貢献した宗教革命と共に、その立場を科学に奪われた。
その結果、
支配者側に立ってきた宗教は、近代に入って、その立場を政治という名に変えて、現代まで生き残ってきたわけです。
まさに、
宗教と政治は同じ穴の狢であった証明です。
言い換えれば、
古代、中世までは支配者側に立っていた宗教が、近代以降では、政治が支配者側に取って替わり、宗教は一見、被支配者側にも立っている立場に変わってきたわけです。
更に、
近代に入って、産業革命の発生と共に、これもまた、古代、中世においては、哲学、すなわち、学問全体の中の一つに過ぎなかったものが、科学という名の下に誕生し、宗教と同じ穴の狢であることを隠すために、“宗教はアヘンだ”と主張する反対の立場を取った。
まさに、
政治と経済という概念が颯爽と登場するために、哲学という学問の代表を隅に追いやって、宗教と科学という表裏一体の一枚のコインに取って代わらせたのが、近代という時代だったのです。
まさに、
古代、中世から近代への移行の中で、国家の概念をより鋭敏化するために、政治と経済という概念が誕生したのです。
逆に言えば、
古代、中世から近代への移行の中で、国家の概念をより鋭敏化するための方便として政治、経済を誕生させるために、宗教と科学は、その正体を隠していき、形而上学的分野の代表としての宗教、形而下学的分野の代表としての科学として現代まで生き残ってきたのです。
従って、
国家の概念の消滅と共に、政治の概念も消滅してゆくのは当然の結果でしょう。
そして、
政治が消滅する時代とは、超格差社会出現の時代と呼応していることをも示唆しているのです。
従って、
政治が消滅する時代とは、超平等社会出現の時代と呼応していることをも示唆しているのです。
まさに、
2010年代から2030年代が、政治のない世界が出現する時代の幕明けの走りに他ならないのです。