第二十章 国家のない世界

I.国家の概念
都市国家が最初に生まれたのは古代ギリシャ時代ですから、国家の概念が最初に生まれたのがギリシャの首都アテネであり、最大の都市国家として誕生したのがローマですから、古代ローマ帝国が国家の概念の元祖と考えていいでしょう。
まさに、
パクス・ロマーナ(ローマ帝国の統治の下の平和な時代)こそが、国家の概念の走りになります。
言い換えれば、
支配・被支配二層構造の社会(ローマ帝国の統治の下の意味)でないと、人間社会は平和になれないと云うわけです。
果たしてそうでしょうか?
パクス・ロマーナ(ローマ帝国の統治の下の平和な時代)の後にやって来たのが、パクス・ブリタニカ(大英帝国の統治の下の平和な時代)であり、
パクス・ブリタニカ(大英帝国の統治の下の平和な時代)の後にやって来たのが、パクス・アメリカーナ(アメリカ合衆国の統治の下の平和な時代)でしたが、
アメリカ合衆国が誕生した1776年以来、今年で236年が経過しますが、この国が戦争をしていなかった、いわゆる平和な時代が10年以上続いたことはないのです。
まさに、
パクス・アメリカーナの真の意味は、(アメリカ合衆国の統治の下の平和な時代)ではなく、(アメリカ合衆国の統治の下の戦争に明け暮れた時代)に他ならないのです。
同じように、
パクス・ブリタニカの真の意味は、(大英帝国の統治の下の平和な時代)ではなく、(大英帝国の統治の下の戦争に明け暮れた時代)に他ならないのです。
現に、
竹山道雄著作の「剣と十字架」によると、1480年から1941年までの450年間でのイギリスの戦争回数は78回と、フランス(71回)、ドイツ(23回)とライバル国を圧倒していたのが何よりの証です。
同じように、
パクス・ロマーナの真の意味は、(ローマ帝国の統治の下の平和な時代)ではなく、(ローマ帝国の統治の下の戦争に明け暮れた時代)に他ならないのです。
まさに、
人間社会に国家の概念が誕生した結果、戦争に明け暮れる社会になってきた証明です。

II.実在性のない国家
国家の概念は、国家意識の発生と対を成しています。
そして、
国家意識は、国境線の発生によって生じます。
従って、
国家の誕生は、国境線の発生によって為されます。
まさに、
“自分は”という自我意識(Ego)が、自他を区分けする境界線である五感(目・耳・鼻・舌・肌)によって生じるのと同じメカニズムです。
ところが、
国境線など、地球にはそもそも存在せず、人間社会が勝手に線を引いただけのものですから、国家意識や国家の概念は人間社会だけに有るもので、自然社会(地球)や宇宙には在りません。
同じように、
自他を区分けする境界線である五感(目・耳・鼻・舌・肌)など、そもそも存在せず、人間社会が勝手に線を引いただけのものですから、“自分は”という自我意識(Ego)は人間社会だけに有るもので、自然社会(地球)や宇宙には在りません。
従って、
国家など、そもそも実在しないのです。

III.国家のない世界
人間社会に国家の概念が誕生した結果、戦争に明け暮れる社会になった。
そして、
国家の代表が、
都市国家の走りであるアテネ、すなわち、現在のギリシャであり、
パクス・ロマーナの古代ローマ帝国、すなわち、現在のイタリアであり、
パクス・ブリタニカの大英帝国、すなわち、現在のイギリスであり、
パクス・アメリカーナのアメリカ合衆国です。
ところが、
国家の代表であるこれらの国が、いま破綻状態にあるわけです。
この事実は一体何を示唆しているのでしょうか?
まさに、
国家の概念が崩れようとしているのです。
嘗て、
冷戦で敗れたソ連という国が消滅した。
ところが、
ロシアという国で現存しています。
まさに、
国家というものは、概念だけが消滅するだけで、実体(土地と人間)は決して消滅することがない証明です。
言い換えれば、
消滅する国家は単なる概念、すなわち、映像に過ぎないのに対して、土地と人という実体は決して消滅しない、すなわち、実在である証明です。
現に、
都市国家の走りであるアテネ、すなわち、現在のギリシャは完全に破綻状態にありながら、高級車のポルシェを一番多く保有する国でもあり、裏経済(地下経済)は表経済を遥かに上回り、スイスを抜いて世界一の金融センターになっているシンガポールにお金を逃避させている最大の国の一つがギリシャなのです。
同じように、
国家の代表である古代ローマ帝国、すなわち、現在のイタリアも完全に破綻状態でありながら、シンガポールにお金を逃避させている最大の国の一つです。
同じように、
国家の代表である大英帝国、すなわち、現在のイギリスでも、世界の金融の中心地であり、EU(ヨーロッパ連合)の金融面の中心地でもある首都ロンドンにあるシティーは破綻状態にありながら、シンガポールにお金を逃避させている最大の国の一つです。
同じように、
国家の代表であるアメリカ合衆国でも、世界の金融の中心地であるニューヨークのウォール街は破綻状態にありながら、シンガポールにお金を逃避させている最大の国の一つです。
この事実は一体何を示唆しているのでしょうか?
まさに、
国家の概念の代表である、アテネ(ギリシャ)、ローマ(イタリア)、大英帝国(イギリス)、アメリカ合衆国という器は消滅の憂目にありながら、実在する(土地と人)は依然健在であることを示唆しているのです。
そして、
国家が消滅する時代とは、超格差社会出現の時代と呼応していることをも示唆しているのです。
従って、
国家が消滅する時代とは、超平等社会出現の時代と呼応していることをも示唆しているのです。
まさに、
2010年代から2030年代が、国家のない世界が出現する時代の幕明けの走りに他ならないのです。