第十七章 超文明社会がやってくる

I.一元論社会→二元論社会→三元論社会
12000年続いた文明社会とは、二元論社会に他ならなかった。
まさに、
アダムとイブという人間の祖先が、善悪の判断をする果実を食べた結果、エデンの園を追放されたという話は、一元論社会(自然社会=エデンの園)から二元論社会(人間社会=文明社会)に進化したことを象徴していた。
つまり、
何事も二つの要素に分ける考え方を二元論と言い、何事も二つの要素に分ける考え方の社会を二元論社会と言い、
まさに、
こっちが善く、あっちが悪いとする善悪の判断こそ、二元論社会の根本的考えだったわけです。
そして、
文明社会以前の社会とは一元論社会に他ならず、自然社会を筆頭に、宇宙全体が、善悪の判断が一切ない一元論社会であった。
そして、
哺乳類の最先端動物であった人類が、人間に進化した結果、誕生したのが二元論社会の文明社会であり、12000年続いたわけです。
しかし、
二元論の本質は飽くまで一元論から三元論へ進化するための橋渡し役に過ぎないのです。
そういう意味で、
二元論社会は知的社会ではあったが、未だ不完全な知性社会に過ぎなかったと言えるでしょう。
一方、
三元論社会は完全な知性社会と言えるでしょう。
言い換えれば、
一元論社会は始点、三元論社会は終点、その間が二元論社会の円周であり、始点=終点になるべく円回帰運動するのが宇宙原理と言えるでしょう。
そして、
その過程としての円周の二元論社会が文明社会に他ならなかったわけです。
言い換えれば、
必要悪としての文明社会であり、最終的には、三元論社会の超文明社会への橋渡し役に過ぎなかったのです。

II.間違った二元論社会=好いとこ取りの相対一元論社会
必要悪としての文明社会であり、最終的には、三元論社会の超文明社会への橋渡し役に過ぎなかった。
そして、
二元論社会は三元論社会への橋渡し役に過ぎず、本質的には是非の問題(善い悪いの問題)ではなかったのに、何事も善い悪いの区分けをする性格上、自分の都合勝手で好いとこ取りをする罠に嵌ってしまったのです。
つまり、
一枚のコインの表面を好いと取って追い求め、裏面を好くないと取って避けるという土台無理な考え方に嵌ってしまったのです。
まさに、
新田哲学で言うところの、「好いとこ取りの相対一元論」に嵌ってしまったのです。
まさに、
表裏一体を成す二元要因の本質は補完関係にあるのに、二律背反関係に取り違えてしまったのです。
すなわち、
“善い・悪い”という二元要因の本質は表裏一体の一枚のコインのように、切っても切り離せない補完関係にあったのに、表面の“善い”だけを剥がして取り、裏面の“悪い”を剥がして捨てるという土台無理な二律背反関係に取り違えてしまったのです。
そして、
二元論社会は三元論社会への橋渡し役に過ぎず、本質的には是非の問題(善い悪いの問題)ではなかったのに、何事も善い悪いの区分けをする性格上、自分の都合勝手で好いとこ取りをする罠に嵌ってしまったのです。
その結果、
二元論の本質は一元論から三元論への橋渡し役であったにも拘わらず、その本来の役目を全うできず、人間社会を間違った方向へ誘導してしまったわけです。
まさに、
二元論社会の文明社会が、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会、
差別・不条理・戦争を繰り返す社会、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる一生、
宗教と科学が跳梁跋扈する社会、
男性社会、
に陥った所以がここにあったのです。

III.人間社会の終着駅=超文明社会
その結果、
二元論の本質を全うしていれば、二元要因の両方を超える三元論社会に予定通り進化できたはずなのに、「好いとこ取りの相対一元論」に陥ってしまったわけです。
言い換えれば、
二元論の本質を全うしていれば、二元要因の両方を超える三元論社会に予定通り進化でき、超平等社会を実現できたはずなのに、その前に、超格差社会を経由しなければならなくなったのです。
まさに、
2010年代が、超格差社会という一番深い谷と、超平等社会という一番高い山の狭間になってしまったのです。
いずれにしても、
一元論社会は始点、三元論社会は終点、その間が二元論社会の円周であり、始点=終点になるべく円回帰運動するのが宇宙原理である。
そして、
その過程としての円周の二元論社会が文明社会に他ならなかった。
言い換えれば、
必要悪としての文明社会であり、最終的には、三元論社会の超文明社会への橋渡し役に過ぎなかった。
畢竟、
超格差社会を経由しなければならないという紆余曲折があるにせよ、最終的には、三元論社会である超文明社会に、人間社会は到達するでしょう。
そして、
三元論社会である超文明社会の核は超平等社会になるであろうことは言うまでもありません。
まさにそのとき、
二つ目の可能性が実現するのです。
つまり、
1%→0.1%→0.01%→0.001%→0.0001%→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→0%.
99%→99.9%→99.99%→99.999%→99.9999%→→→→→→→→→→→→→→→100%.
すなわち、
利子のつかないお金を適用されるお金持ちは、ますますお金持ちになり、挙句の果てに、すべてを失い、
利子のつくお金を適用される貧乏人は、ますます貧乏になってゆき、挙句の果てに、失うものがない超公正社会になるでしょう。
まさに、
超格差社会は超公正社会に超えて等しい証です。
まさに、
超格差社会は超平等社会に超えて等しい証です。
まさに、
超格差社会は真理社会に超えて等しい証です。
まさに、
超格差社会≡超平等社会の証です。
まさに、
超文明社会の幕開けです。