新しい時代の幕開け
はじめに

平成14年(2002年)1月、拙著「富裕論」の出版のため急遽米国ラスベガスから帰国してからちょうど10年になります。
「富裕論」は、21世紀のはじめにあたっての世界観を論じたものです。
特に、当時はまだ開発途上国にすぎなかった中国の動向について詳細に述べました。
先ず、10年前の拙著「富裕論」の論述から紹介いたしましょう。

「富裕論(金持ちの時代から徳持ちの時代へ)」(平成14年1月15日)
今後の中国の動向
同じ白人ということで、共産・社会主義が崩壊したときアメリカはソ連、とりわけ分裂後のロシアを応援した。しかし手のほどこしようがないとわかったアメリカは応援の対象を中国に代えた。アメリカにとって一番の脅威の国はむかしから中国であり、けっしてソ連ではなかったのであります。やはり、国土が広く、人口が圧倒的な国のポテンシャリティーは脅威です。アメリカにとってのその対象にはいる国は、中国、インドでしょう。インドは宗教が支配する階級社会の国であり、ガンジス、インダス文明以来、完全な統一国家が実現した歴史がない。基本的にはヨーロッパの民族のルーツであるアーリア系なのですが、言葉の種類だけで100以上あり、ほとんどのインド人は最低10−15種類の言語を使いこなし生活をしているのが現在でも続いています。共通点はヒンドウー教かジャイナ教かイスラム教か仏教かという宗教とカーストだけで、永遠に近代国家は無理な国でしょう。
残る脅威は中国であり、また最も強大なポテンシャリテイーをもって、その可能性を今にも開花させようとしています。世界制覇を常に考えてきたアメリカにとって今や中国は最大のライバルになろうとしている。一時は中国を壊滅させることを考えたアメリカですが、今は無理だとはっきり認識しているでしょう。かつて高度経済成長下の日本がそのパートナーとアメリカも日本をチヤホヤしていた時期がありましたが(もちろんその時でも、本心は白人でない有色人種としてはっきり差別していたが)いまのアメリカは日本を戦後と同じ属国扱いしている。ただ内心脅威に感じているのは、おなじ黄色人種だけに手を組まれたら大変な事になる、だからなんとかしてその間に入って寸断しなければならない、そのためには、まだ自立開花していない中国が日本の力を借りて開花することだけは避けねばならない、その間に日本の力を削いでおかなければならない。
日本の1990年代の10年にわたる不況はまだ続くものと覚悟するか、もしくは自力で立ち直る抜本的な国の建て直しを計るしかないでしょう。
さて、肝心の中国自身はどう考えているのか。今のところアメリカ寄りであるが潜在意識のところで過去の白人による侵略に対する怨念・畏怖感と中華思想の伝統とが混在していてはっきりとパートナーとしてアメリカを見ていない。いわんや日本に対しては属国程度しか思っていない。どちらにしても日本は所詮、僻東の小国としか世界から思われない国であるという事実認識は必要であります。

アメリカ・日本・中国 三極構造の今後
現在の中国の経済発展のスピードは国内総生産(GDP)で依然年率8%を保持しており、10兆元(約1.2兆ドル)を超しました。一方アメリカは2001年には10兆ドルで、日本の同年4兆ドルで、1996年の(米:日=6:4)までの接近がピークで以降また差は開き、現在は10:4までなっている。伸び率もアメリカは確実に毎年4%近いのに対して日本は1998年以降マイナスに転じました。ざっといえば、
アメリカ……十兆ドル         米 : 日 : 中
日本…………四兆ドル       (10 : 4 : 1)
中国…………一兆ドル強
この中味のハード産業とソフト産業の比率は
ハード産業            (17% :35% :50%)
ソフト産業            (80% :65% :35%)
1980年代にはアメリカのソフト産業比率は60%
1980年代には 日本 のソフト産業比率は15%
1980年代には 中国 のソフト産業比率は3%
中国は依然、製造業が産業の根幹を成しているがソフト産業の伸びも著しい。
21世紀の産業の分布は基本的に先進国がソフト産業、開発途上国がハード産業である事は衆目の一致するところですが、中国が実体としての先進国になり得るか、またそうであれば、それは一体何年後にそうなるか。
その結論を出すのは現時点では難しいでしょう。
ただ、判断基準としての要因ははっきりしている。ハード産業は近代工業化社会の核になるもので、最適近代工業化社会が実現したあとにソフト産業の知的社会にシフトされていくことから中国が最適近代工業化社会を実現するのにどれだけの時間を要するかでしょう。
そこで各国の潜在能力を過去の経緯から推論してみましょう。
マーケットのサイズの基本になる人口
アメリカ……2億7000万人
日本…………1億3000万人      (3:1 :12)
中国…………12億3000万人

国土・資源のポテンシャリテイー
アメリカ……963万 平方KM
日本………… 38万 平方KM   (26 :1 26)
中国…………960万 平方KM

潜在ポテンシャリテイー        (78:1: 312)
過去の近代化実績         (220年:130年:50年)
現時点の潜在実力比         (132:1:130)

日本がアメリカに匹敵する大国になる可能性は130分の1(0.8%)に対して、中国は100%間違いないと見るべきでしょう。そしてその時期は前述したGDPの両国の伸び率4%と8%を堅持できるという前提条件で計算すると中国がアメリカに追いつくのは、伸び率係数 8として約15年から20年後と推測できます。
日本はやはり得意分野に特化した技能立国を目指すしか道はないでしょう。

貨幣制度の崩壊が間近に迫っている
今、アメリカは大きく変わろうとしています。
もともと、自由奔放な国民性をもち、歴史の浅さもあって、ヨーロッパからは日本と同じように軽薄に見られがちだが、資本主義思想、自由・民主主義思想においては我が国家こそはという誇りをもった国であります。
かつて繁栄した大都市が没落し、変わって新しい都市ができるという繰り返しをしてきたこの国に今新しい文化が生まれようとしているのです。
世界一の大都市といわれたニューヨークが、1960年代から1980年代までは没落の一途をたどっていたのに、今や完全に変貌している。商業投資が自由なアメリカではこのニューヨークのように、繁栄していた町は土地の価格も、それ以外のすべてのものも高くなってしまうと、投資効果がなくなり、また新しい投資効率のよい町に資本が移動する。そこでは土地も家も税金も安い。当然それを見込んで人口移動がおきる。ますます市場は拡大して投資も増加する。
かつて車の町だったデトロイトが数年前までは廃虚の町と化していた。日本・欧州の自動車輸出攻勢でビッグ・スリーが経営危機になり、大幅なリストラのおかげで失業者があふれ、治安のわるい町になってしまい、日本の見栄張りで有名な総合商社もデトロイトだけはダウンタウンにオフイスを構えなかったほどさびれた町になっていたのです。
その結果、アメリカの自動車会社は拠点をデトロイトからラスベガスの郊外のヘンダーソンという町に移した。世界のメーカーも追随してみなヘンダーソンに拠点をおいた。いまヘンダーソンという町は全米で一番住みやすい町に選ばれたのです。ラスベガスが世界で一番魅力のある町といわれているが、カジノ・ホテル、多くのエンターテインメント、治安がよいなどいろいろな要因があるが、ヘンダーソンという町が、ラスベガス市、北ラスベガス市、ヘンダーソン市で構成されているクラーク・カウンテイーの一つでそのクラーク・カウンテイーが、今没落の一途を辿っているロスアンジエルスに将来とってかわる大都市を目指していままでのアメリカの町とは違うコンセプトの町づくりに努力していることを見逃してはなりません。その基本ポリシーが優遇税制であります。ほとんどが無税であり(やはり国の盛衰のバロメータは重税かどうかである)毎年10万人、他の都市から移住してきている。日本人の憧れの町であったホノルルは今や全米一物価の高い住みにくい町になってしまって、ラスベガスに移ってきている状態です。やはり住みやすい町に人は移っていくものなのでしょう。
一方デトロイトもニューヨークと同様、数年前から回復の兆しをみせ始めています。寂れた結果、人が離れ市場が縮小することで土地を代表に需要・供給の原理で値下がりをしたため、新たな投資が起こっているのです。ルネッサンスセンター辺りが様変わりしてきています。需要・供給のバランスで価格が決まる資本主義・自由競争経済の神髄が土地の上がり下がりに反映され進化論の善循環になって来たのであります。どうやらアメリカは21世紀を目指して新しい文化を創造しつつあるようです。そのベースにあるのが本当の成熟した自由競争経済・資本主義文化なのでしょうか。それに比べて、日本の凋落ぶりは目を覆うものがあります。かつて、日本は世界一を誇る治安の良い国でありましたが、今や、夜になると様相が一変する街が増えて来ており、特に大阪の治安の悪化は、近い将来、社会問題になるように思えてなりません。やはり景気の悪さが生活に対する将来不安を増幅させ、人の心まで変えてしまっていることは悲しいことであります。
投機の悪魔のように思われているデリバティブを中心にした金融商品の市場は膨張につぐ膨張で、遂に100兆ドルを超えてしまい、実体キャッシュフローを大幅に上回る額になり、世界はいよいよマネーゲームが企業収益の四番打者になってしまったようであります。
天候デリバティブなる商品まで出現し、実体経済のリスクヘッジの為に、先物、オプションなどで、電力会社が気候による電力の需給バランスのためのリスクヘッジから、企業の収益性を狙って、買い手(Taker)はなくて売り手(Granter)としてデリバティブ市場に出現してきているのが、世界の経済最先端の状況であるのです。
ヨーロッパも最近、このアメリカの変化に追随する姿勢が出てきて、今やアメリカを凌ぐ勢いであります。
ロンドンのリバーサイド、パリのバンドームの変貌ぶりにそれが窺われます。
今や、金融市場はデリバティブの技術力競争時代に入ったと言っていいでしょう。
いよいよ、貨幣経済システムの大きな曲がり角に差し掛かったと言っていいでしょう。
一方、変わらないのは日本だけで、猿まねして、そのあと一生懸命努力して追いかける。果たして、この手法が今後もスピードの速い世界で通用するか、はなはだ疑問に思わざるを得ません。

あれから10年経った今2011年9月にアメリカはデフォルト危機に見舞われ、ヨーロッパ連合は各国の財政破綻が相次ぐ事態に陥っています。
まさに、
貨幣制度の崩壊が間近に迫っている様相です。

日本の生き残る道=新しい知性の構築
20世紀までは「組織の時代」、21世紀からは「個人の時代」と未来学者ピータードラッカーが言っていた様相になってきました。
日本人ひとり一人の能力をアップすることで、新しい知性による価値観を構築することができれば、来る新しい時代の幕開けの舞台に日本は立つことができるでしょう。
キーワードは、”新しい時代の幕開け”です。
歴史を鳥瞰すると、新しい時代が到来する時は必ず、「個人の時代」→「組織の時代」、若しくは、「組織の時代」→「個人の時代」へ移行してきたことが判ります。
文明社会の黎明期であった古代から新しい中世という時代に移行した時は、「個人の時代」→「組織の時代」へ移行したし、中世から新しい近世という時代に移行した時は、「組織の時代」→「個人の時代」へ移行したし、近世から新しい近代という時代に移行した時は、「個人の時代」→「組織の時代」へ移行したように、近代(現代)から新しい時代に移行する時には、「組織の時代」→「個人の時代」へ移行する。
まさに、
20世紀までの「組織の時代」→21世紀からの「個人の時代」へ移行する時代とは”新しい時代の幕開け”に他ならず、本著の狙いは、従来の新田哲学や新田歴史観とは180度違う視点、観点で検証してみたいと思っています。


平成24年4月29日   新 田  論


第一章 人間社会からお金が消える時代
第二章 文明社会の終焉
第三章 立体的(三次元)歴史観
第四章 映像の映像世界
第五章 逆さま社会 & 正さま社会
第六章 円回帰社会
第七章 仮想社会=循環社会
第八章 四次元循環社会=仮想社会(映像の映像社会)=真理社会
第九章 電子マネー社会≡真理社会
第十章 貨幣制度の崩壊
第十一章 形のあるお金→形のないお金
第十二章 お金(貨幣)の歴史
第十三章 利子=利益の概念=差別意識
第十四章 超格差社会≡超平等社会
第十五章 超格差社会か?
第十六章 超平等社会か?(希望の10年)か?
第十七章 超文明社会がやってくる
第十八章 超経済社会
第十九章 国家・政治・経済のない社会
第二十章 国家のない世界
第二十一章 政治のない世界
第二十二章 経済のない世界
第二十三章 超個人の時代
第二十四章 常識/非常識から超常識へ
第二十五章 超える時代
第二十六章 新人類の時代
第二十七章 いよいよ女性社会
第二十八章 女性の仕事
第二十九章 21世紀における仕事の概念
第三十章 新しい時代の幕開け


おわりに

平成14年(2002年)1月、拙著「富裕論」を、そして、平成24年(2012年)に「新しい時代の幕開け」として、「富裕論」の検証をしてきました。
その結果、
まさに、
21世紀は”新しい時代の幕開け”に相応しい世紀になりそうです。
そして、
そのキーワードは「個人の時代」と「女性社会」になるようです。


平成24年10月26日   新 田  論