Chapter 97 懲りない人間

わたしたちは、本来備わっている潜在能力の10%程度しか発揮できずに生きています。
そしてそのまま死んで行くのです。
これでよかったのでしょうか。
せっかく150億個もある大脳の神経細胞も、ほとんどが使用されずに、死んで灰となって消えて行く。
まさに、わたしたちは悲しい人生のパソコンであります。
そして、パソコンを無駄に使うのもわたしたちです。
しかし、パソコンの潜在能力をフルに活用しているものがあります。
たとえば、わたしたちの心臓は、生まれてから死ぬまで年中無休で働いていますが、心臓が年中無休で働くのは、脳からの指令が年中無休で発せられているからです。
わたしたちの肉体の大半は、年中無休で働いているのですから、それらをコントロールしている、いわゆる管制塔が脳でありますから、24時間体制の空港がわたしたちの肉体であるのです。
わたしたちの脳の細胞が150億個ある理由はここにあるのです。
つまり150億個の脳細胞は、着実に働いておって、決して無駄なことをしてはいないのです。
わたしたちが、もの想い、考えたりする際に働いているのが150億個の10%程度であるというだけのことなのです。
よく働くものに対しては、脳もきっちりと真摯に対応してくれているわけです。
10%しか脳が機能していないのは、脳の所為ではなくて、使うわたしたちの所為なのです。
それでは、脳を使うわたしたちは、一体誰なのでしょうか。
今まで、しつこいほど申してきましたから、もうおわかりのことだと思いますが、目が醒めている時だけ在る顕在意識の、「私」であるのです。
わたしたちが、人生を四苦八苦して生きている諸悪の根源は、この顕在意識だけを自分だと自惚れている、「私」であるのです。
「私」という輩は、実に嫌味な奴でして、とにかく自惚れが目茶強いのです。
誰が見ても、ブスだと思う女でも、そのブスな女の、「私」は、『結構いける!』と無謀にも思っておるのです。
誰が見ても、間抜けな情けない男でも、その間抜けな情けない男の、「私」は、『俺ほど優秀な男はちょっといない!』と無謀にも思っておるのです。
この無謀な男と女が一緒になって織り成す人生は、まさに滑稽な悲喜劇であります。
自己の潜在能力を100%生かして生きてこそ、美人で賢明な頼り甲斐のある、「わたし」になれるのです。
その、「わたし」が、本来のわたしたちであることを、記憶がはじまった3才から5才ぐらいの頃に忘却してしまったのです。
わたしたちの、四苦八苦の人生は、この忘却してしまった、本来の「わたし」を再発見する、心の旅であるのです。
四苦八苦しないと、つい道を外れてしまう愚かなわたしたちは、「神の自叙伝」で書きましたように、本当に懲りない人間であります。