Chapter 96 愚かな自分

潜在能力とは、100%発揮できた場合の自己の最大能力を言うわけですから、普段のわたしたちは、自分の持っている最大能力を発揮できていないわけです。
わたしたち人間が考えているのは大脳の150億個もある神経細胞が働いているからですが、大脳の神経細胞は生まれてから数ヶ月で150億個の数に達します。
しかし、実際に働いている神経細胞の数は150億個のうちの10%程度であり、頭が良い悪いと言われるのは、細胞の総数ではなく、働いている数の多少に依るのです。
知能指数が200−普通の人の知能指数は110程度、130で秀才−近くあったアインシュタインの脳でも20%ぐらいしか働いていなかったのです。
わたしたちとアインシュタインの差は脳細胞の働きが10%の違いだけなのです。
潜在能力はみんな同じ程度のものを本来持っているのです。
大脳の神経細胞の働きが、一般に言う、わたしたちの心でしょう。
わたしたちの心というものが誕生したのは、3才から5才の記憶が始まった時です。
従って、それ以前から、わたしたちは現に存在していたのですが、まったく記憶に残っていません。つまりもの想う心が無かったのです。
そうしますと、わたしたちが寝ても醒めても、もの想う心というものは、実は記憶がその源泉であることがわかってきます。
死んだ後、このもの想う心は一体何処に行くのだろうかと人間は、もの想う心が始まった時から考えて来ました。そして結果、魂というような言葉をつくって魂は永久に不滅であるとして、魂は生まれ代る、つまり輪廻転生するなどと言い始めたのです。
しかし、もの想う心の源泉は大脳の神経細胞という記憶装置に記憶が始まった時であるのですから、大脳が死ねば、もの想う心もプチンと電気が切れるように、消滅してしまうのは当然です。
では何故、わたしたちの脳細胞は150億個もあるのに、全部働かないのでしょうか。
150億個の脳細胞があるということは、それだけの脳細胞を使える筈であって、使う側が下手糞だから使えていないと考えるべきではないでしょうか。
では何故そんなにわたしたちは下手糞なのでしょうか。
それは、記憶が始まった3才から5才の頃には脳細胞100%を使うことが出来る状態であったのですが、まわりからの条件づけ、つまり親などからの躾によって100%が90%に、90%が50%に、50%が20%に、そして20%が10%にと使い方がどんどん下手糞になっていき、もうこれ以上下手糞になったら人間社会で生きて行くことができない状態まで落ちたところで止ります。
それが3才から5才の頃で、そこから記憶が始まり、名無しの権兵衛から名前付きの、「私」つまり自我意識(エゴ)が誕生するのです。
それ以来、この、「私」が自分だと思って生きているのがわたしたちでありますから、今更、本当の自分を探してみようなんて言われても、何十年も付き合ってきた、「私」以外のものがあるなんて考えられないわけです。
では、記憶が無かった3才から5才以前のわたしたちは、一体何者なんでしょうか。
名前の付いた自分とは、別人なのでしょうか。
肉体はずっと同じだったのです。
考える脳もずっと同じだったのです。
脳細胞の働く数の減少が停止した時点から記憶が始まり、「私」が誕生した。
100%の脳細胞が働く、つまり潜在能力を発揮できる時は記憶がなく、潜在能力の最低限度で停止した時に記憶が始まって、「私」が誕生した。
視点を少し変えてみましょう。
高度情報化社会に生きているわたしたちは、みんなパソコンを使っています。
パソコンを使っていると言っても、せいぜいメールを送受信して、文章を書いて、表をつくって、インターネットで欲しい情報を検索する程度にしか使っていません。
パソコンの能力は、それどころではなく、まだ何十倍もの仕事を出来る能力を持っているのです。
ウィンドウズ画面に出ている絵模様(アイコン)をすべて使いこなしている方は、専門家以外は先ずいません。
店頭で販売されているパソコンはみんな素晴らしい潜在能力を持っているのですが、ひとたび、わたしたちに買われていくと、メールだけしか使われない価値の低い機械に成り下がってしまうのです。
店頭に並べられているパソコンが名無しの権兵衛のわたしたち。
買われて家に持って行かれたのが、名前付きのわたしたちで、そのうちにメールにも飽きて、まったく利用価値の無いほこりが溜まった唯のモノになってしまうのがオチでしょう。
そのガラクタになったパソコンが、「私」のなれの果てなのです。
潜在能力を発揮出来ない、わたしたちの末路は哀れなパソコンです。
普段、もの想うものが、潜在能力を発揮出来ない、「私」であり、それが眠ると意識の無い状態になる顕在意識なのです。
その、「私」が実は、「私」以外のものは年中無休で働いているのに、しょっちゅう怠けては、ズル休みをして寝ておるのです。
「私」以外のものは、生まれてから死ぬまで一睡も睡眠を採らずに働いておるのです。
それが潜在意識というもので、潜在能力を100%発揮出来る、「わたし」であるのです。
潜在能力を発揮出来る、「わたし」も働き詰めですから、燃料を随時補給してもらわなければなりません。
それが宇宙エネルギーなのですが、宇宙エネルギーの補給パイプは宇宙と繋がっていなくては、届きません。
従って、潜在意識は、宇宙意識と当然繋がっているのです。
年中無休の、わたしたちの大半の肉体は、すべて潜在意識を通して、宇宙意識と繋がっておるのです。
わたしたち、「私」は、本当に何も知らないのであります。
20%の脳細胞を働かすことができたアインシュタインがやっと、「自分が知ったことは、何も知らなかったことだけだった」ことに気がついたのです。
わたしたちは一体いつになったら、そのことに気がつくのでしょうか。
ふとそう思うわたしたちですが、所謂現実の世界に戻ってしまうと、すぐにやって来る死という終焉を遠い未来のように無視して生きている、愚かな自分であるのです。