Chapter 92 内堀と外堀

新聞、テレビでは連日、大きな事件のニュースが報道されています。
わたしは、以前から気になっていたことがあります。
報道されるニュースの大半は、所謂悪い出来事なのです。
良い出来事は、今の世の中には無いのだろうかと疑問に思います。
前Chapterで申しましたように、新聞、テレビといえども、所詮、記事の内容は、記者と編集長の主観であって、自分の想いを書いているだけです。
従って、井戸端会議の内容以上のものにはなり得ないので、わたしは新聞、テレビは一切見ません。
日本の新聞、テレビは開示性(Disclosure)に乏しいとよく言われていますが、本質の処で、開示性など有り得ないのであって、他の国のものがDisclosureに忠実である筈がないのです。
ただ観点が違うだけのことで、結局は書いている人間の考えに洗脳され、自分の思考力が退化するのを促進させるだけのことです。
それでも、以前の新聞、テレビでは、悪い出来事ばかりの記事ではなく、良い出来事の記事も結構あったと思うのです。
つまり、相対的悪ばかりでなく、相対的善なることも記事としてあったのです。
相対的善と悪を両方書いておりますと、わかってくることがあります。
即ち、書いておる記事の内容に、必ず矛盾が生じてくるのです。
相対的な善悪ですから、時間の経過と共にどんでん返しに遭うのです。
そこで、相対的悪つまりその時点において、悪い出来事ばかりを書いておると自己矛盾が起こらないと、阿呆の浅知恵で思ったのでしょう。
その背景には、新聞、テレビ共に、社会正義を訴える使命を背負った職業だと思う多少の善意ある人間が窓際に追いやられ、スポンサーからがっぽり頂く為に、購読者数や視聴率にやっきになる連中が重要なポストについておる結果でしょう。
それよりも深刻なのは、そのような害毒を撒き散らされて、頭がおかしくなっていることに気がついていないわたしたちの方の問題であります。
世の中、相対的悪が蔓延るようになりますと、それぞれ個人が自己防衛するしか無いのです。
そうしますと、わたしたちは、自分独りだけの世界に存在していることを認識することがますます大事であります。
悪い世の中、良い世の中といったレベルの話を、わたしはしているわけでは無いのですが、これだけひどい世の中になりますと、せめて先ず外堀だけでも築いておくことがこの世的に大事なことになるでしょう。
外堀できっちり自分を守っておいて、それからじっくり内堀を築いていって、自己の完成を図ることも手法として必要かと思います。
それほどにひどい世の中になったものです。
外堀を築く作業は、先ず、新聞、テレビを筆頭にしたマスメディアから自分を守ることです。
そして次に、そういった害毒を撒き散らすメディアを世の中から消滅させることです。
外堀はそこまでです。
そこではじめて、わたしたちは自分の内堀をじっくり築く作業に取り掛かることが出来るのです。
それぞれが、自分の内堀を築き出したら、政治家や役人のレベルは自然に上がってくるものです。
彼らのレベルが低劣なのは、わたしたちが低劣である証拠なのです。
わたしが、「夢の中の眠り」で、お話してきたことは、飽くまで、自分の内堀を如何に築くかについてであります。
しかし、外堀を築いておらない人たちにとっては、わたしがお話していることは、奇異に感じる筈です。
毎日、配信している読者の中にも、奇異に感じている方々がいるでしょう。
そう感じている方々は、自分独りの世界に外堀さえ築いていないのです。
自己の内と外の区分けすら出来ないのですから、自分独りの世界だと言っても、蛙に小便をかけているようなものです。
先ず、外堀を築く。
それから、じっくり内堀を築く時の心地良さをはやく経験して頂きたいと思います。