Chapter 64 終わりの無い旅

わたしたち人間が本当に理解したということは、身体で覚えた時であって、決して知識として知った時ではありません。
そういう観点で継続することの価値を理解するには、やはり身体で覚えるようなことをするのが一番適したことだと言えます。
従って、余程虚弱体質の方でない限り、先ず継続習慣のはじめとして運動をすることを推奨します。
もちろん、読書の習慣や、目標を定めた勉強をすることも良いのですが、先ず頭の運動から始まり、最終的には身体で覚えて初めて理解したことになる過程としてはエネルギー消費が大き過ぎます。
従って、どんなことでもいいから、健康の為になる運動を、今すぐ始めることです。
そして、先ず3ヶ月を目処にしてください。
どんなことでも、3ヶ月継続すると肉体的変化が出てきます。
その結果、精神的変化もあらわれてきます。
この精神的変化が、自己変革を遂げることが出来たと思える自信になるのです。
次に3年を目処に継続します。
ここまでくれば、継続性の価値を身体で以って理解できます。
そして更に10年継続すれば達人の境地になっています。
達人になると、すべての領域においての真理が見えてきます。
これをわたしは、万能(Omnipotent)への金字塔と言っています。
それが、人間が創り上げた神の境地に通じるものとなります。
従って、どんな人間でも神のような万能な存在になることができるのです。
しかし、悟りの境地には、まだ程遠いものであります。
神の境地は悟りには程遠いことを、この段階で肝に銘じておくことが非常に重要なことを忘れないで欲しいのです。
せっかく10年も継続の努力をして得た境地なのに、ここで間違えて、悟りを得たなどと勘違いすると、またまた新しい宗教団体が誕生することになり、その団体の教祖になりすまして、地獄への坂をころげ落ちることになるのです。
わたしたち人間は、神の境地には10年間継続の努力をすれば、誰でもなることができますが、悟りの境地には、近づくことができるのが精一杯です。
「神の自叙伝」を書いたのは、人間が勝手に創り上げた神の概念だから、神の境地には努力次第でなることが出来るが、それは決して完璧なものではないことを知っておくべきだと思ったからです。
神と言えば、完璧な存在と思い込んでしまっているのが、わたしたち人間であります。
自分たちで勝手に創りあげた神であるから、手の届く存在であることは至極当然であるのに、それをどうして人知の及ばない存在に祀り上げてしまうのか、まったく理屈に合いません。
「理屈に合わない存在だから、神と言えるのだ」と言われるかもしれませんが、「人間が考え得ることは、出来得ることである。出来得ないことは、考え得ないことである」のです。
従って、人間が考えた神の概念は、人間がなり得る存在である真理を見逃してはなりません。
この真理を会得するには、万能への金字塔を早く打ちたてることです。
悟りを開いた人間は古今東西ひとりもいないでしょう。
しかし神の境地になった人間はたくさんいるでしょう。
神の境地とは自分だけの神であるのに、他人の神になろうと思ってはいけません。
ここが間違いの原点になります。
間違いを冒さない為には、ひとつの万能への金字塔を打ちたてることが出来たら、更に新しい金字塔に向かって、再び孤独な継続の旅に出発することです。
この旅は終わりの無い旅であり、辿り着くことのない到着地こそ、悟りであるのです。