Chapter 59 夢芝居とホラー映画

同じ夢を観るにしても、負夢を観るのと、正夢や白昼夢を観るのでは大きな違いがあります。
それを、同じ夢というカテゴリーに、下品な表現になりますが、味噌も糞も一緒にしているわたしたちこそ、糞のような存在ではないでしょうか。
負夢を観ているということは、実在の世界つまり舞台に上がっている自分を意識し、演出している自分を意識し、次にやって来るであろう美しい背景画面を描き、そして独り四階の観客席でゆったりとそのすべてを俯瞰している状態であるのです。
宇宙意識と同通している状態と言ってもいいでしょう。
実在する世界に生きているとも言えるでしょう。
正夢や白昼夢を観ているということは、実在の世界つまり舞台が見えない三階や五階の席に座って、その前に舞台があることも知らないで、まるで舞台を鏡に映したような背景画面の映像を観ている状態であるのです。
人生を楽しむということは、四階の席にゆったりと座って、『今、ここ』の自分の人生の芝居をしている舞台を、観る人、観られる人、そして観られている場面そのもの、という三つの観点から客観視することです。
次に、舞台の認識をした上で−状況把握すると言ってもいいでしょう−背景画面というキャンパスに自分の好きなスケッチをする。
スケッチされたものは、時間的ずれがあるけれど、必ず実在の世界に実現される、つまり舞台に現れる。
まさに思い通りの人生を歩むことが出来るのですから、楽しむことが出来るのです。
人生を苦しむということは、三階や五階の席から、見えない舞台の反射された映像が映し出された背景画面だけを観て、それをまた夢だとも認識出来ず、現実の世界だと錯覚して寝汗、冷や汗を掻きながら生きることであります。
三階から観る方が、たとえ錯覚であっても目線が低い分、自己分裂の程度が小さくて済みますが、五階から観るのは、目線が四階よりも高いわけですから、自己分裂が病的なほど大きい。
間違った信仰や宗教に嵌った人たちが、この五階に席を陣取っているのです。
さしずめ、イラク戦争で意気揚々としているブッシュ大統領などは、五階から無制限連続バラバラ1本立て映画を観続けておるわけで、ブレア首相や小泉首相は、三階の席から映画もほとんど観ずに、五階の席のブッシュの顔色ばかりを見ておるわけです。
どちらにしても、人生を苦しんでおるのです。
一方、どこかに消えたフセイン一行は、五階の席から高見の見物をしていたのに、舞台に放り出されて必死に芝居をしておるのです。
彼らの心情を察するに、それはそれはホラー映画の背景画面を背にしながら、狭い舞台、つまりどこか隠れ家の中で、迫真の芝居を演じておるのです。
そして世界は、と言いますと、三階や五階に大挙押し寄せて、見えない舞台から反射されて映った、これまた背景画面の映画を観ては歓声を上げておるのです。
一体、誰が四階から、この情景を観ているのでしょうか。