Chapter 51 鑑賞者から演出者へ

わたしたちは、毎日朝になったら目を醒まして起きます。
それは太陽が昇ってくるからです。
太陽の恩恵を受けながら活動するのが昼です。
反対に太陽が沈むと活動を停止して休息を取るのが夜です。
従って、活動時間と休息時間は、本来それぞれ12時間であるわけです。
春分の日と秋分の日、所謂彼岸の中日が、太陽が沈んでいる時間と昇っている時間がまったく同じ時間であるのです。
一方、夏至は太陽が昇っている時間が最大の日であって、冬至は太陽が沈んでいる時間が最大の日であります。
そうしますと、1日の間でも活動期間と非活動期間があって、1年の間でも活動期間と非活動期間が定まっているのではないでしょうか。
睡眠が星の重力に影響を受けることは、何度もお話してきました。
わたしたち地球に住む人間は、地球を中心に月や太陽の引力の影響を大きく受けています。
夜になると、一番身近にある地球の引力が強くなるから寝ることになったことを、ご存じだったでしょうか。
昼間は太陽が、地球の引力に対して斥力になっている分、わたしたちは重力の影響が少なくなっています。
反対に夜は太陽と地球が共に引力となる分、大きな重力をわたしたちは受けます。
月は夜だけに出ているわけではありません。
昼間にも月は出ているのですが、太陽の光で見えないだけです。
そこで地球を中心に太陽、月の引力が、すべて引力になって最大重力として、わたしたちに影響を与えているのが夜で、お互いに斥力となって、重力を減少させているのが昼なのです。
従って、重力を大きく受けると眠気を催すのです。
寝る時に、わたしたちは横になります。
そうすると体全体に重力を受けます。だから眠れるのです。
立っていると重力は、足の裏にしかかかりません。だから眠気を催さないのです。
結局の処、活動期間と非活動期間という区分けは、重力を大きく受ける時が非活動期間で、重力を大きく受けない時が活動期間となっていることを知っておく必要があります。
そこで、わたしたちそれぞれのユニークな世界は、夢という背景画面が変化していく中で、その前にある舞台で独り芝居を演じ且つ演出しているものだとお話して来ました。
鑑賞しているのではなくて、演出する為に、鑑賞者の席に座っているのです。
背景画面も鑑賞者の立場だけなら、演出はできません。
演出するということは鑑賞していることでもあるわけで、つい演出するのを忘れて鑑賞者だけになってしまっているのが、わたしたちであるのです。
演出することと、鑑賞することの違いは何かと申しますと、今流の譬えで言えば、テレビのような放送局から視聴者に電波を一方通行で送るものに対して、コンピュータのインターネットのように双方向に電波を送り合うものがあります。
鑑賞するということは一方通行であって、演出するということは双方向であるのです。
つまり演出するということは、鑑賞者の席に座っている本当の自己の想いが舞台や背景画面に働きかけているのです。
鑑賞者であれば、舞台や背景画面から送ってくる想いを受けている(受像している)だけであって、本当の自己の想いは発信されていないわけです。
夢は四六時中観ていると申しましたように、わたしたちは昼間でも夢を観ているのですが、醒めている意識が強い為に、夢がはっきりと見えないだけで、夢は観ているのです。
醒めている意識が強いと夢は見えないが、醒めている意識が弱いと夢が見える、つまり夜の非活動期間は醒めている意識が弱いからであります。
そうしますと、醒めている意識は重力に関係していることがわかってきます。
鑑賞しているだけの状態は醒めていない状態。
つまり非活動期間の状態。
演出している状態が醒めている状態。
つまり活動期間の状態。
従って、夢を自由自在にできる機会は活動期間に多いということが言えます。
夜、眠っている時の夢を自由自在にするよりも、昼、起きている時の夢を自由自在にする方が易しいのです。
その為には、昼、起きている時の夢を認識する必要があります。
昼間、わたしたちが活動している時の背景画面とはどんなものでしょう。
もうここまで説明すれば、わかっていないといけません。
エッフェル塔の話を思い出してください。