Chapter 40 夢が止まる

わたしたちは、本当の自分を発見できる機会が常にすぐ傍にあることを知らなければなりません。
劇場の譬えでお話してきましたが、三階と五階を往来しているのが、日々生きているわたしたちです。
途中に四階があって、本当の自分が座って実舞台を鑑賞しているのに、複数の自分が三階と五階を往来−右往左往と言った方が適切です−しているのです。
ちょっと四階に立ち寄れば、同じ風貌の本当の自分が座っているのに出会うのです。
そして、四階の席にずっと座っている本当の自分に、普段のあなたが同調すればいいのです。
『今、ここ』にいるということは、四階に立ち寄り、本当の自分に同調するということに外ならないのです。
目が醒めた状態の時の三次元世界、また眠っている状態の時の五次元世界を以って、わたしたちが普段生きている世界と思っているのですが、いつもその間にある四次元世界を素通りしているのです。
特急列車でもないのに、大事な駅を素通りする、わたしたち鈍行列車。
ゆったりした旅を楽しむ気持ちになって各駅停車すれば、必ずわたしたちが探し求めていたものを発見出来るのです。
それには、映画のフィルムをゆっくりまわすことです。
究極は静止画フィルム毎に留まることです。
それが、『今、ここ』にいることです。
静止画フィルム、つまり夢という映画の一コマを観るわけですから、当然、映画である夢も止まるわけです。
夢は過去の記憶と未来の想像でつくられたものですから、夢という映画が止まると、過去の記憶と未来の想像も消滅してしまう結果、『今、ここ』しか無くなるのです。
『今、ここ』こそが四次元世界であります。
つまり時間の流れが止まった世界であるのです。
ぐるぐるまわりのようなお話をしているのは、言葉の限界故であることを了解してください。
夢が止まる。
これが言いたいのです。
夢は時間と共に動いている、しかもわたしたちの時間の流れの矢ではありません。
過去から未来への流れだけではなく、未来から過去へも流れるのです。
だから、わたしたちは現実離れしていると思い、夢を現実と思えないのです。
しかし夢を止めてしまえば、夢を自由に操縦できます。
ここで問題なのは、わたしたちが過去から現在の方向に引きもどしたり、未来から現在の方向に引き戻したりしている点であります。
起点が、『今、ここ』ではなくて、過去や未来にあることです。
わたしがここで言っている、「夢が止まる」ことに力点を置いているのは、起点を、『今、ここ』に置いて、そこから過去や未来に展開して行く夢にすれば、その夢は自由自在に操縦できると言っているのです。
一日の記憶 をRewindすることで消去するという話をしました。
記憶の方向を逆回転させることです。
その為には、夢が止まる、必要がある。
静止画の一コマを観るぐらい、ゆったりと映画を観ることです。
『ゆったりと』
これが、『今、ここ』のキーワードです。
時間の流れを止めることに外ならないのですが、それを山の中に隠遁したり、出家して座禅や瞑想をしても、その時しか時間の流れを止めることは出来ません。
何故なら時間を敵視しているからです。
時間と戦おうとしても、わたしたちが疲れ果ててしまうだけです。
時間と仲良くすることです。
そうすれば時間は、わたしたちのペースに合わせてくれます。
時間の本質は運動です。
時間の本音は静止です。
時間と仲良くするには、時間の本音を知ってやることです。
時間は、実は静止したいのです。
運動の世界から静止の世界への回帰であるのです。
時間と共に歩むことが出来れば、時間は静止し、時間も喜んでわたしたちと仲良くしてくれます。
時間が流れているのに、静止している世界。
それが四次元世界の実体です。
時間に制御されて、時間に流されている世界。
それが三次元世界の実体です。