Chapter 4 二台の映写機

正夢と負夢についてもう少し詳しい説明をいたします。
カメラで写真を撮った現像フィルムをネガティブ−通称ネガと言われているようです−と言います。
そのネガを焼き付けして、所謂、わたしたちが写真と言っているのをポジティブ−通称ポジ−と言います。
何故、現像フィルムをネガと言い、写真をポジと言うのか、それはちょうど、ネガは撮影された方向と逆に写されているからネガティブと言い、ポジはもちろん撮ったままに写されているからポジティブと言われているのです。
何故こんな話をするかと言いますと、実は夢を観ているわたしたちはまさに映画のフィルム−この場合のフィルムはネガであって、スクリーンに写されている画面の映像がポジになるわけです−をスクリーンで観ているのと同じメカニズムになっていることを申し上げたかったからです。
更に、みなさんにとって驚くべきことかも知れませんが、目が醒めている状態、つまり現実の世界を生きているわたしたちも、夢と同じ映画のスクリーンを観ていることを認識しなければなりません。
従って、わたしたちが普段認識している世界というのは実像の世界ではなく、映像の世界であり、その映像を観ている観客はわたしたちひとり一人であり、一つの座席しかないわたしたちひとり一人の固有の劇場で観ているのです。
あなたが観る映画のスクリーンはあなたの目の網膜ですから、当然その映画はあなた固有の映画であるわけです。
網膜というスクリーンに写されている映画を観ている一人だけの観客とは、「わたし」というパスワードの身分証明書を持った大脳古皮質のことであって、その大脳古皮質が、網膜を通じて脳に伝達された映像情報を解読しているのです。
大脳古皮質で自己同化−ID化されること−された「わたし」が、ハートに伝送されると、「心」となって喜怒哀楽の感情を持つようになっているのです。
従って、わたしたちそれぞれが持っている固有の劇場こそわたしたちの身体であり、そこで独りで観ている観客が「わたし」と思っている「自我意識」であり、「心」であるのです。
そこで夢と現実の違いについて説明します。
現実とはわたしたちの身体の目というカメラのレンズを通して外界の出来事を網膜に写した映像なのです。
夢とはわたしたちの身体の目というカメラのレンズを通して−ここまでは現実の世界とまったく同じメカニズムになっていることに留意しておいてください−内面の出来事、つまり大脳古皮質で記録(記憶)された現像フィルムや、ハートで記録された現像フィルムを目の網膜というスクリーンに写した映像であるのです。
外界の出来事の映像が現実であり、内面に記録(記憶)されたフィルムを再生したのが夢であるのです。
従って、外界からの映像を観る場合と、内面からの映像を観る場合の違いは、ちょうどフィルムのネガとポジの関係になっているのです。
現実がポジであり、夢がネガになっているのです。
夢の本質がネガであるのですから、本来わたしたちが見ている夢は負夢であるのです。
ところが、一日24時間の内、3分の2以上が現実の世界であるポジの映像を見ている為に、ハートにある「心」の慣性の法則に引き摺られて、眠っている時も、ポジの映像を観ようとするのです。
それが正夢であります。
従って、正夢を観るということは、夢を観ようとしている「心」の姿勢の顕れであり、負夢を見ているのは、劇場というわたしたちの身体の中にある二台の映写機すなわち外界映写機から内面映写機に切り替えて写している身体の自然の動きからの結果であるのです。
従って、自我意識であるエゴが強ければ強いほど、正夢を観ることが多くなるのです。