Chapter 36 舞台効果

わたしたちの苦悩や不安といった、所謂人生の四苦八苦の要因といったものが、すべて自分の心の所産であって、決して外部環境が自分に与えた試練などといったものではないわけです。
単なる映像が、実在するわたしたちに実体的影響を与えるべくもないのは当然のことでしょう。
理解力と、勇気を発露する決断力の欠落が、その原因であるのです。
理解力を向上させるには、先ず無知からの脱出が必要です。その為には知識の修得が不可欠です。
そして知識を修得したら、実行することによって体に憶えさせる。
この繰り返しを絶え間なくすることによってしか理解力を向上させることは出来ません。
何を理解するのかと申しますと、わたしたちが生きている世界の実体を知ることであります。
それは、わたしが今までお話してきたことであります。
わたしたちが生きているということはどういうことなのか。死ぬということがどういうことなのか。
わたしたちの存在意義は一体何なのか。
まるで夢遊病者の如く生きているわたしたち。
その実体を知ることです。
知れば、そんなに難しいことではないので理解できます。
理解できたら、あとは実行あるのみです。
理解できないから迷うのです。
この実行というのも、実は大したことはないのです。
清水の舞台から飛び降りるだけのことです。
パラシュートを付けても、降りた経験の無い人はジャンプするのを躊躇います。
しかし誰でも初めての経験は必ずあります。
要はジャンプする勇気を出せるかどうかです。
そこで大事なのは、また理解力なのです。
生きるということと、死ぬということの道理を理解することです。
この生死の道理を理解すれば、ジャンプすることはいたって簡単であるのです。
結局の処、理解することに尽きるわけです。
理解力の程度を示すバロメーターが、実は夢の質にあるのです。
夢は飽くまで、わたしたちが生きている実体ある世界の背景画面であることを、もう一度思い出してください。
背景画面がどんなものなのか。
背景画面の前に存在する舞台が実在世界でありますが、実在世界は『今、ここ』を演じている舞台であります。
背景画面は過去の記憶と未来の想像を再生させたもので、『今、ここ』を映像化することはできません。
過去と未来は背景画面。
現在は舞台。
舞台効果をよりよくする為には、背景画面がその舞台の状況変化に伴って効果的な背景になれば、背景画面の存在意義も増すわけです。
舞台が自然の素晴らしいところを旅している設定であれば、背景に美しい山や海が映し出されていれば、より効果的な舞台になります。
舞台に合わせて背景が変わるのです。
ところが、わたしたちは背景に合わせて舞台を変えようとしているのであって、これは無理な話です。
背景を自由自在に変えることが出来るようになる。つまり夢を自由自在に観ることが出来るということです。
では、どうして夢を自由自在に観ることが出来るかについて、次章から検証して行きたいと思います。