Chapter 165 人生の達人とは

1日24時間の中、3分の1が非活動期間である睡眠時間で、3分の2が活動期間つまり目が醒めた状態だと、わたしたちは単純に思ってきました。
しかし、睡眠のメカニズムが1時間のNon-Rem睡眠と30分のRem睡眠との繰り返しであるのですから、睡眠の基本は8時間ではなく1時間半であるのです。
しかもRem睡眠は無意識レベルではなく意識(潜在意識)レベルですから、実際は醒めた状態であり、眠っているとは厳密には言えない。
意識の無い状態が睡眠だと考えれば、睡眠の基本は1時間のNon-Rem睡眠だけと言えます。
わたしたちが生きて行く上で、睡眠は確かに必要なのでしょうが、達人の境地になると意識(潜在意識)の中で眠っている節がある。つまりRem睡眠だけで済ましている。
昼間、眠気に襲われて、うたた寝をすると、せいぜい30分ほど眠るだけで眠気と身体の疲れを取り除けている。
睡眠のメカニズムが1時間半を基本としていることに、わたしたちはもっと注意を払う必要があるのではないでしょうか。
何の理由も無く、1時間半の繰り返しになっている筈がない。
逆に、8時間が睡眠時間と考える根拠はまったくありません。
意識のある状態が常であって、その狭間で意識が途切れ、無意識に陥るのが眠るということに外ならないのです。
眠っていても内臓は活動し続けているのですから、身体が眠っていることは有り得ないのです。
そうしますと、眠るということは一体何なのでしょうか。
肉体は生まれてから死ぬまで活動を続けるのですから、生きているということは活動そのものであり、非活動とは死であるのです。
別の言い方をすれば、生きているということは意識が醒めていることであり、意識が醒めていない状態、つまり眠るということは死に外ならないのです。
死ぬことを、永遠の眠りにつくと言われる所以です。
そうしますと、毎日睡眠を採っているわたしたちはしょっちゅう死んでいることになります。
生きているということは、意識が醒めていることであり、生まれてから死ぬまで意識が醒めているのが本来の姿であるのです。
つまり眠りは本来必要ないのです。
車は本来走るためにあるが、時折燃料補給や故障の修繕の為に停まる。
わたしたちが生きているということは本来醒めているということなのですが、時折燃料補給や故障の修繕の為に無意識になる、つまり眠るのです。
睡眠とは常態ではなく不測の事態の時の対策であることを、わたしたちは認識しなければ、真に生きることの意義を理解することはできません。
病気で入院していることが、わたしたち生きている人間の常態でありません。
健康で活動していることが常態であるのです。
1日8時間の睡眠を採らなければならないと考えるのは、一生の中で3分の1を入院生活することを当然だと考えているのと同じであるのです。
誰も入院したいと思っていないでしょう。
入院している人なら、できる限り早く退院したいと思っているでしょう。
それなら、睡眠は本来不要であるという考えを基本に置いておくべきです。
達人とは、その基本をしっかりと身につけている人のことを言うのです。