Chapter 160 時(Time)と時刻(Timing)

時間の観念が入り込むと、わたしたちは過去や未来に想いを馳せてしまい、時間の観念が入り込まないと、わたしたちは、『今、ここ』にいることができる。
どうやら、『今、ここ』に如何にいることが出来るかのポイントが見えてきたようです。
わたしたちは時間(Hour)、時刻(Timing)、時(Time)のことをしょっちゅう気にして生きている。
先ずこのことを認識しておかなくてはなりません。
朝目が醒めると、先ず時計を見て時刻(Timing)の確認をすることから一日が始まり、夜眠りに就く前に、時計を見て時刻(Timing)の確認をして一日を終える。
そして目が醒めている間中、常に時刻(Timing)を気にしながら、わたしたちは生きていると言って過言ではないでしょう。
午前8時だから朝食を摂る。
午前9時までに会社に出勤して仕事をする。
午後0時だから昼食を摂る。
午後1時だから再び仕事をする。
午後3時だから仕事をさぼって昼寝をする。
午後5時だから仕事を終えて帰路につく。
午後7時だから夕食を摂る。
午後7時から一家団欒でテレビを観る。
そして一日を終えるため眠りに就く。
わたしたちは概ね、このようなパターンで一日を過ごします。
一方、他の生き物はどうかと考えますと、時刻(Timing)の観念の代わりに、肉体の生理現象に基づいて生きています。
空腹になったから食べる。
眠くなったから寝る。
そして彼らの仕事とは、食べるための食料の確保と、寝るための場所を確保することに尽きるのです。
セックス(交尾)も他の生理現象もすべて仕事の一環であるのです。
彼らの生理現象の原点は食べることと寝ることだけであります。
生理現象に基づいて生きている彼らに対し、わたしたち人間は時刻(Timing)に基づいて生きているのです。
生理現象は自然の摂理に基づいていると言ってもいいでしょう。
つまり地球・宇宙の法則に従って生きているわけで、そこには時刻(Timing)や時間(Hour)の観念など無く、有るのは時(Time)だけなのです。
生理現象つまり自然の摂理、地球・宇宙の法則の基本にあるのは、時(Time)であるのです。
運動をしている−動いている、無常であると言った方がわかり易いかもしれません−わたしたちの宇宙では、時(Time)が基本であるのです。
時(Time)とは秒、分、時間、日、年と言った単位で表わすものではなくて、生理現象つまり自然の摂理のことを言うのです。
空腹になる。
眠たくなる。
この生理現象が、時(Time)であるのです。
従って、時(Time)に従って生きていると、『今、ここ』にいることができるのです。
しかし、わたしたちは時刻(Timing)に従って生きているから、『今、ここ』にいることができないのです。
大いなる自然を征服しようとする文明社会の人間ほど時刻(Timing)を気にして生きていくのは、時(Time)を自分たちの思いのままにしようとする意図が深層心理にあるのです。
科学とは、まさに時(Time)を操縦可能な時刻(Timing)にしようとする方便(技術)だと言っても過言ではありません。
しかし、時(Time)は宇宙にあるすべての物(三次元立体物)を支配している四次元要因であるのですから、支配されても支配することなど不可能なことです。
目覚し時計が午前7時だから目を醒まし、就寝時計が午後11時だから眠りに就く代わりに、眠たくなったから寝る、眠たくなくなったから起きる。
午前8時だから朝食を摂り、午後0時だから昼食を摂り、午後7時だから夕食を摂る代わりに、空腹になったから食べる。
文明人であるわたしたちにできるでしょうか。
便利を追いかける文明人が必然四苦八苦を抱えることになったのは、時(Time)を時刻(Timing)に置き代えた代償であるのです。