Chapter 158 刻む時のずれ

わたしたちの寿命はおよそ80年と言われています。
即ち、時間で寿命の長さを表わしていますが、この単なる概念である時間には変わった特徴があります。
この特徴を説明する前に、時間と時刻の違いについて先ずしっかりとした認識をしておく必要があります。
時間(Hour)というのは、その文字が示す通り、長さつまり線であります。
1秒、1分、1時間、一日、一月、一年これらはみんな時間です。
時刻(Time)というのは、刻まれた時、位置つまり点であります。
従って、時間というのは、刻まれた時がずれる間隔であるわけです。
前に、位置と運動の関係についてお話したことがありますが、平たく言えば、『今、ここ』にいる、「わたし」は存在のレベル即ち位置であるのに対して、過去や未来に馳せる想いである、「私」は運動である。
普段のわたしたちは時間と時刻を同じように扱っておりますが、実は異次元のものであることがわかってきます。
「今、何時?(What time is it now?)」と訊かれると、「今は12時21分です(It is twelve twenty one now)」と答える。
これは時刻のことを言っているわけです。
「この映画はどれぐらいの長さ?(How long is this movie?)」と訊かれると、「この映画の長さは2時間15分(It is two hours and fifteen minutes long)」と答える。
「あなたは何才?(How old are you?)」と訊かれると、「私は56才(I am fifty six years old)」と答える。
これは時間のことを言っています。
物理学の世界では四次元の要因が時間だと言われていますが、これは厳密に言えば時刻(Time)であって、時間(Hour)ではないのです。
時空のことをTime and Spaceと言うのであって、Hour and Space とは言いません。
しかし、わたしたちは時刻と時間を混同しているようです。
最近、「めぐりあう時間たち(The hours)」という映画が話題になりましたが、映画の内容は3人の時代を隔てた女性の物語を同時代の如く描いたものであるから、「めぐりあう・・・」という題にしたのでしょう。
原題も"The hours"ですが、わたしはどうしても合点がいかないのです。
ここでのテーマは時間(Hour)ではなく、時刻(Time)ではないかと思ったのです。
時間(Hour)がめぐりあうことは有り得ないのです。
時刻(Time)であってはじめてめぐりあうことができるのです。
時間と時刻を混同している例として紹介したのですが、先ず時間と時刻の違いについて認識して頂けたでしょうか。
そこで本題に入りますが、時間と時刻を混同しているわたしたちが、日々生きている中で間違いを犯していることがあります。
「初心忘るべからず」という諺がありますが、わたしたちはいつも初心を忘れて生きる間違いを犯しているのです。
一昨日にあった出来事より昨日あった出来事、昨日あった出来事より今日あった出来事を事実だと思って何の疑問も持たないで生きています。
つまり初心を忘れているのです。
一昨日Aさんから何かをしてもらって感謝した。
昨日Bさんから何かをしてもらって感謝した。
そうすると、Aさんに対する感謝の気持ちは消滅してしまうのです。
「いや自分はそんなことはない。Aさんに対する感謝の気持ちも持っている」と言われるでしょうが、実はそうではないのです。
人間経験を多く積んでいくと、このことに気がつく筈です。
これは、時刻と時間の観念を混同した結果起こることなのです。
1年前に決意したことが、半年前に新たに決意したことによって、朝令暮改にされてしまうことを、わたしたちはしょっちゅう犯しているのです。
人間同士の軋轢や相克の原因はすべてこの間違いにあると言っても過言ではないでしょう。
時間と時刻の違いを認識しておれば、このような間違いが起こる筈はないのですが、ここで時間の持っている、変わった特徴が登場するのです。
時刻とは本来、点つまり位置であるのですが、この位置が刻まれることによってずれが生じる。
実は、時がTimeであって、時刻はTimingであるのです。
このTimingがHourと混同されるわけで、刻まれた時(Time)がずれを起こすことによって、正確な位置がわからなくなるのです。
わたしたしが他人に対してのみならず、自分に対しても朝令暮改になれるのは、この時のずれが原因であるのです。
このずれこそが、時(Time)、時刻(Timing)、時間(Hour)を混同させるのです。
他人に対して朝令暮改になると、軋轢、相克が起こり、延いては戦争にまでなるのです。
自分に対して朝令暮改になると、分裂症、躁鬱病になるのです。
わたしたちは程度の差こそあれ、分裂症、躁鬱病の気があります。
それが人生四苦八苦の原因であり、その根源には、刻む時のずれを認識していない点にあるのです。
わたしたちの寿命が80年ということは、この世に産まれ落ちたと同時に刻まれた時のずれが80年だということに外なりません。