Chapter 155 怠惰な生き物

わたしたちの肉体は、全身が脳と考えていいでしょう。
大脳が記憶装置の大倉庫とすれば、各器官は記憶の配達用小倉庫と言えるわけで、記憶が有効に使用されているかどうかのバロメータが各器官にどれだけ記憶が蓄積されているかであるのです。
芸術家や職人の匠の技はまさに記憶をフルに活用した結果であり、彼らの記憶は大脳に蓄積されているのではなく、各器官に蓄積されているのです。
ピアニストは鍵盤を指で記憶しており、画家は筆を目で記憶しており、プロスポーツ選手は体で技術を憶えているが、わたしたちアマチュアは頭で憶えるのが精一杯です。
わたしたち人間が知識として頭で記憶している場所は、大脳の新皮質なのですが、他の生き物はこの新皮質が無く古皮質で記憶されているのです。
古皮質は本能的動作を司っていて、思考せずに反射神経的に体の各器官に伝える特徴を持っています。
つまり古皮質に蓄積されている記憶は自動的に各器官に配達されるのに、新皮質に蓄積されている記憶は、意思の働きがない限り蓄積されたままになっているのです。
意思が働くことによって、大脳新皮質に蓄積された記憶は各器官に配達されるのですが、意思を働かせるのは普段のわたしたちの意識(顕在意識)ではなく、潜在意識なのです。
従って、普段わたしたちが考えている中で意思を働かせることは実はできないのです。
潜在意識に刻み込まれてはじめて、それは自分の意思と判断されるのであって、普段わたしたちが考えていることは自分の意思とは判断されていないのです。
わたしたちが考えることは変幻自在であり、自分でも自分を信用できなくなる程変わるのは、自分の意思になっていないからです。
自分の意思にするためには、潜在意識に刻み込まれなければなりません。
潜在意識に刻み込まれてはじめて、それは自分の本当の考えとなるのですが、刻み込まれるには、繰り返し反復するしか方法はありません。
信用を得るにはやはりお百度参りするしか手は無いのです。
お百度参りとは、継続の重要さを意味しているのです。
同じことの繰り返し動作。
わたしたちが生きている宇宙はまさに同じことの繰り返しをしており、その宇宙で生かされているわたしたちも同じことの繰り返し動作が義務づけられているのです。
更に、わたしたちの肉体は全身が心臓と考えていいでしょう。
心臓から送り出された血液は身体の隅々まで流れて行き、再び心臓に戻って来ます。
身体の毛細血管まで流れていった血液が再び心臓に送り返されるのは、毛細血管のまわりにある筋肉の収縮がポンプの役割を果たしているからで、わたしたちの身体全体が心臓と同じポンプになっているのです。
この筋肉をつくるためには、筋力トレーニングが必要で、筋力トレーニングの基本は継続した動作であるのです。
継続した動作。
繰り返し動作。
これは宇宙を貫く真理であるのです。
それを日々実行しないで、新皮質で考える取り留めのない思いのままで生きているわたしたちは本当に怠惰な生き物なのです。