Chapter 152 葛藤の効用

葛藤とためらい(躊躇)・迷いとでは正反対だと申しました。
葛藤するということは、現実と想いのギャップを認識して、想いを現実の方に合わせる前向きな心の姿勢であるのに対し、ためらい(躊躇)・迷いとは、『今、ここ』にしか存在できない現実を、無理やり未来や過去への想いの方に持ち運ぼうとする後ろ向きな心の姿勢なのです。
葛藤とは決して迷うと言ったイメージのものではなく、過去や未来に馳せようとする、「私」の想いと、『今、ここ』にいる、「わたし」との闘いであるのです。
ためらい(躊躇)・迷いとは、「わたし」から「私」へ、『今、ここ』から過去や未来へ、(真の)現実から想いへの流れである。
葛藤とは、「私」から「わたし」へ、過去や未来から、『今、ここ』へ、想いから現実への流れであるのです。
普段のわたしたちは、想いである「私」を自分だと思っています。
葛藤することによって、想いである「私」を現実にいる「わたし」へシフトすることは、過去や未来から『今、ここ』にシフトすることに外ならないのですが、そうしますと、想いの内容が整然としてきます。
過去や未来に馳せている想いは渾然一体でぼやけている(Vague)のに対し、『今、ここ』に近づく想いは整然一体として、想いの内容が明瞭(Clear)になります。
これを、想いの結晶化と言います。
想いの結晶化が進むと、想いとは関連性の無い連想であることが明瞭になってきます。
そして、『今、ここ』に到達することによって、連想は消滅して、「私」が消えると同時に、「わたし」が浮き彫りにされてくるのです。
わたしたちが時間をかけて実現することは、過去や未来に馳せる想いを先ず、『今、ここ』に持ち込むことでその想いを結晶化してはじめて可能であることを知らなければなりません。
そのためには、葛藤はどうしても欠かすことの出来ない大事なことであるのです。