Chapter 149 悪玉と善玉の葛藤

麻薬常習者(Junkie)であることを自覚していないわたしたち。
一体いつ頃からわたしたちはJunkieになってしまったのでしょう。
自分自身がJunkieに憧れる気持ちがなければ、いくら巧妙な誘惑の魔手が伸びてきてもその罠に嵌ることはありません。
心の中に隙があるから罠に嵌るのです。
幻覚症状には一種の快感があるのが、隙をつくる原因なのです。
それはセックスの快感に相通じるものがあり、自分の心の中に無駄な葛藤を生む原因を孕んでいるからです。
快感(Ecstasy)とは本来Static(元気の無い状態)からEx(脱出)した状態つまり活力ある状態のことを言うのですが、Staticには、静かな安定した状態という意味もあり、安定した状態から逸脱することも意味する語なのです。
即ち、元気な状態は危険な状態でもあるということを、この語は教えているのです。
快感は元気にしてくれるが、極めて危険な状態に陥る可能性も孕んでいることを知らなければなりません。
誘惑は常に危険なのです。
それは、わたしたちの肉体が、快感によってβエンドルフィンという善玉ホルモンを分泌するが、ひとつ間違えばノルアドレナリンという悪玉ホルモンを分泌して肉体を蝕む危険性があることでも窺い知ることができます。
快感には、両刃の剣的要素があることを、わたしたちは知っているからこそ快感を味わうことに躊躇(ためらい)があるのです。
それが無駄な葛藤になるのです。
躊躇(ためらい)は無駄な葛藤を生むのです。
わたしたちは、葛藤の効用を余り知りません。
葛藤はその本質からして心の成長を促してくれる貴重な体験です。
『苦労は買ってでもしなさい』と先達がわたしたちに教えている苦労とは、まさしくこの葛藤を意味しているのです。
肉体に変調を来すと熱が出ますが、これも葛藤の効用であって、普段よりも1、2度体温が上昇することにより発生した熱で体を整える機能(整調機能)が働くのです。
熱が体の整調機能を働かせるように、葛藤による摩擦熱が心の整調機能を働かせてくれるのです。
葛藤に対する無知が躊躇を生む。
両刃の剣である故、躊躇する。
そして無駄な葛藤を自分の中につくっていく結果、葛藤そのものを躊躇と同化させているのが、わたしたちです。
葛藤(苦労)とは本来心の整調機能であることを知らず、無駄な葛藤ばかりに嵌っている結果、心に隙をつくり誘惑の魔手の罠に陥っているのです。
葛藤(苦労)を(喜んで)受け入れる姿勢を、わたしたちは子供の頃に失ってしまったのです。
わたしたちみんながJunkieになってしまった結果、現代の若者たちは遺伝性先天的麻薬常習者(Natural Junkie)として産まれ落ちたのです。
彼らの目を見ると、いつも幻覚症状に陥っているように思えます。