Chapter 143 反転の世紀

世紀末の大事もなく20世紀が過ぎ去り、無事21世紀を迎えることができたと、わたしたち人類は思っているようです。
しかし、20世紀や世紀末などと言っているのは単なる一人の人間が生まれた時を基点にしているだけで、何の意味もありません。
それよりも注目しなければならないのは、わたしたち人類の発展過程です。
そういう点では、20世紀はとてつもない大きな変化が、わたしたち人類に起こったことは確かでしょう。
16世紀に興ったルネッサンスも人類にとっては大きな出来事で、それはその後の世界を制覇した欧米列強世界をつくった近代社会の幕開けでした。
ルネッサンスで始まり、18世紀にイギリスで興った産業革命とドイツで興った宗教改革が近代社会の礎であったのですが、20世紀はまさに近代社会の大飛躍の世紀であったのです。
特に科学技術の進歩は目を見張るものがありました。
航空機の発明は、人類の宇宙への旅を可能にし、それまで夢物語であった月への旅を成功させましたが、一方で大掛かりな戦争をも可能にし、2回もの世界大戦を経験したのもこの世紀だったのです。
一回の戦争で数千万から1億の人間が一気に死ぬような戦争は、想像すらできないものでした。
しかし、ニュートリノが質量を持つことを解明した人類は、それまで一方通行と思われていた3本の時間の矢、即ち過去から未来へと流れる心理的時間の矢、エネルギーは常に使用可能なものから使用済みのエントロピーへと流れる矢、そして137億年前にビッグバンによって誕生したわたしたちの宇宙は膨張し続けているという矢が、決して一方通行ではなく、いつの日か逆方向に反転する時が来ることを知ったのも、20世紀末のことでした。
発展は永遠に続くものではないことを知ったわたしたち。
それなら20世紀の科学技術の発展も永遠に続くのではなく反転する時期が必ずある筈です。
21世紀は高度情報化社会が誕生し、バイオテクノロジーの幕開けの世紀だと言われています。
しかし、これらが更なる科学の発展と果たして言えるのでしょうか。
ひょっとしたら、既に反転現象が起こっているのかも知れません。
バイオテクノロジーの進歩は、36億年前に誕生した生命体というパンドラの箱をこじ開ける行為であるかも知れない。
高度情報化社会の実現は、それまでお互い不可侵であった神と人間の領域を冒す行為であるかも知れない。
利便性だけが注目され、必ず潜んでいるマイナス面を無視してきた進歩は、宇宙の摂理である反転現象によって、後退に転ずることになる。
21世紀の科学技術の旗頭である高度情報化とバイオテクノロジーは、進歩技術ではなく、後退技術であるような気がしてなりません。
特に、高度情報化技術は、わたしたち人類のプライバシーを侵す悪魔の手先であるように思えてなりません。
プライバシーを守るということは、わたしたち人類だけではなく、すべての生命体が必要とする、ある一定のスペース(世界)の保持を指すことを、よく認識しなければなりません。
犯罪防止という利便性だけを理由に、わたしたちひとり一人のスペースが脅かされる危険極まりないのが、高度情報化なのです。
このまま、高度情報化を進歩と信じて驀進するなら、必ずや反転現象が起こるような気がしてなりません。
わたしたちは、知らず知らずの中に、お金がすべてであると信じ込む拝金主義者に陥ってしまったようです。
誰もそのことに疑問を感じない時代になっているのです。
アメリカや日本など文明をリードする国の人々の街行く表情、テレビを観ている表情は、21世紀が人類の進歩から後退に反転する世紀のように思わせてなりません。
夢と現実が反転するのも、21世紀かも知れません。