Chapter 142 自分のスペース(世界)

人間ほど意識が眠った状態で生きている生き物は他にはいません。
他の生き物は、四六時中醒めた状態で生きています。
彼らは自然と共に生きているからでしょう。
醒めているということは、常に自然の囁きに耳を傾けていることに外ならないわけで、自然と共でなければ生きてゆけないことを熟知しているからです。
本来、人間社会が創り上げた神というものは、この自然のことを差していたわけで、自然崇拝が原点であったのです。
それがいつの間にか、神を人格化することによって、人間を特別扱いするようになった。
宗教の殆どが、この人間の自然をも恐れぬ傲慢さが生んだものであることは確かでしょう。
ただその一方で、自然をも恐れぬ傲慢さが、科学の進歩を生んだことも確かなわけで、その科学の進歩がますます自然と対峙した結果、ついにわたしたちの母なる大地・地球を敵にまわす羽目になってしまったのが現代社会なのです。
暑いとエアコンをまわして快適に生きることに慣れてしまったわたしたち。
いくら遠いところでもすぐに行くことができるわたしたち。
スマートフォーンがなければ生きてゆけないわたしたち。
わたしたちが住んでいる地球の広さは、一周4万kmではなく、東京ドームぐらいのものになっているのです。
東京ドームに72億の人間がぎっしり詰まっているようなものですから、プライバシーなんてまるで無いのです。
ちょっと腹痛がしてトイレに駆け込んでも、すぐにバレてしまう。
「あいつは、変なものを食べて下痢をしているらしい!」と言われ、ちょっとおナラをしても、寄ってたかって、「こいつが臭いおナラをしたんだ!」とギャーギャー騒がれて、ゆっくりおナラもしておれないのが現代社会です。
マスコミがこの騒がしい世の中を創りあげた張本人なのですが、彼らからすれば、東京ドームの中にこれだけの人間が詰まっているのですから、お祭の神社で高くてまずい食い物を売っているテキ屋のような職業になり下がってしまったのです。
人の集まる処に既得権を行使して金儲けをするのが、テキ屋稼業ですが、マスコミはまさにテキ屋そのものになってしまった。
そう言えば、最近のマスコミ世界の人間がかもし出す雰囲気は、およそ知的なものは感じられない。
彼らは、社会正義を訴えるべき、いわゆる聖職者であることを忘れて拝金主義化してしまった責任はありますが、根本原因は人間の住む地球が矮小化してしまったことにあるのです。
わたくしの後輩で新聞社に勤めている人間がおりまして、最近取締役に出世したらしく、わたしのところに来て、「わたしも役員になったので、社員を食わせる為に、何をしてでも金儲けをしなければならない!」と偉そうに言うのです。
「君は社会正義を訴える新聞社の人間だろう?それが金儲け金儲けと言っていてはダメだろう!」と申しますと、「新聞社も株式会社だから株主の為に金儲けをしなければならないんです!」とわかったような、わからないようなことを言うのです。
これでは、世の中すべて井戸端会議の世界になり下がってしまうのも当然でしょう。
しかし、彼らにしても所詮前衛であって、裏でこの社会を操っている人間がおるのです。
この連中が、地球を東京ドームにしてしまった張本人なのです。
特に世界的規模で拡がっているスマートフォーンの普及が、ますます世界を狭くしている。
一体、何処まで行けば気が済むのか。
生き物はすべて、ある一定の自分のスペースを必要とします。
これは人間にも当てはまります。
一定のスペースを確保できないと、精神に異常を来します。
わたしたち現代人は自分のスペースを確保できずに生きているのが殆どです。
ちょっとおナラをしても、有名人なら雑誌に書き立てられ、テレビ番組で、「何故・・・はおナラをしたのか、・・・の子供の頃を探ってみた!」と特別番組で偉そうなお方が集まって議論されては、精神に異常を来すのも当り前でしょう。
自分のスペースを確保する。
これはとても大事なことです。
閉所恐怖症は、自分のスペースを失った恐怖観念がつくるものです。
夢を観るのも、ある一定のスペースの要求の結果であるのです。
それが精神の浄化作用として働くわけです。