Chapter 141 危険な綱渡り師

宇宙の旅を経験した宇宙飛行士の精神面が、その後大きく変化したという話をよく聞きます。
何故そういう現象が起きるのでしょうか。
わたしたちは地球の上に住んでいます。
まさに地球はわたしたちにとって母なる大地です。
母親の胎内で生きている赤ん坊にとって、母親は地球と同じ母なる大地です。
母親と臍の緒という命綱によって繋がっているだけで、空気も食物も採らずに十月十日間生きています。
母なる大地である地球から片時でも分離されると、わたしたちは生きてゆけないのです。
それを無理やり地球から分離して生きていこうとするのが、宇宙への旅をしている宇宙飛行士なのです。
地球と同じ環境にした宇宙飛行船で、地球から離れて生活をするわけですが、特に地球の重力から解き放たれた無重力状態で生きることは非常に不便なものです。
しかしよく考えてみれば、重力の影響を受けて生きているわたしたちの方が、実はもっと不便な生き方をしていることが、無重力状態で生活することによってわかってくるのです。
地上で住んでいることに慣れているわたしたちですが、実は非常に強い制限の下で生きているのです。
母なる大地と申しましたように、わたしたちは地面の上に生きています。
地球の中心から強烈な引力を受けているのを、地面が受け留めてくれているのです。
ほんの1メートルでも地面から離れると、強烈な引力がわたしたちに働きかけてきて、わたしたちを地面まで引き寄せます。
つまり落下するのです。
たまたま地球がガスの星でないから、地表で引力を受け留めてくれているだけで、これがガスでできている星なら、わたしたちは中心まで吸い寄せられていくのです。
現に地球という惑星の親である太陽は水素ガスだけでできている星なのです。
地面という綱を渡りながら生きている綱渡り師が、地球上で生きているわたしたちなのです。
一歩間違えれば、谷底に真逆に落ちてしまうぎりぎりのところで生きているわたしたちなのですが、そのことに気がついていないだけです。
宇宙の旅をする飛行士は、そのことに気がつくのです。
無重力状態がどんなに自由なものなのかを、重力状態から解放されて始めて知るのです。
しかし、わたしたちは重力状態に慣れているから、無重力状態の方が住み難いと思い込んでいるのです。
母なる大地である地球とわたしたちが命綱として繋がっているのが重力です。
宇宙へ旅立つということは、十月十日が経過して母親の胎内から、命綱である臍の緒を断ち切られて体外へ産まれ落ちることに外ならないのです。
誰もが経験している、産まれ落ちるということを、もう一度蘇らせてくれるのが、宇宙への旅です。
自由への解放感と、独立して生きることへの緊迫感を与えてくれるのですから、精神状態が変化するのも当然なわけです。
逆に考えれば、わたしたち地球上に住んでいるものは、真の自由と、生きることの緊迫感を味わえないで生きているとも言えるのです。
実際には、地面という綱の上を渡って生きている危険な綱渡り師であるのが、わたしたちが置かれている環境の実態です。
その現実を、宇宙への旅が気づかせてくれるのです。
21世紀は、宇宙飛行士だけの宇宙の旅ではなくなります。
誰もが宇宙の旅を経験できる時代になるのです。
当然、わたしたちの考え方も大きく変化する世紀なのです。