Chapter 140 純粋結晶の心とは

わたしたちの人生は、非活動期間の夜に変化が起きることによって次から次へとつくられていく。
活動期間の昼間は、その変化をフォローするだけのものなのです。
昨日の人生と、今日の人生との間に、非活動期間の眠る夜があり、新しい人生がつくられていく。
従って、昨日の人生を継続したいのであれば、決してその間に眠るという非活動期間を挟んではいけません。
しかし、わたしたちの肉体が活動するためには、リストアーの為に非活動期間がどうしても必要です。
つまり肉体を持つわたしたちが生きていくということは、常に変化の中に晒されているわけです。
「この世は無常」とは、まさにこのことを言うのです。
その原因は、定常状態即ちエネルギー活動(振動)がゼロ状態(最低状態)である非活動期間に量子飛躍による変化が起こることに因るのです。
従って、わたしたちの人生においても変化(量子飛躍)が常に起こっているのです。
変化(量子飛躍)するには、エネルギー(熱)の変化が必要だと申しました。
つまり平たく言えば、変化するには熱が要るということです。
それでは、この熱はどうして得られるのでしょうか。
この変化の熱の発生源が、外ならぬ、「私」であるのです。
次から次へと前のことを否定していくことによって変化していく「私」。
その「私」の中心に心というものがあり、その心が否定する張本人なのです。
心が否定するということは、葛藤するということです。
わたしたちが日頃している葛藤が、わたしたちの心に外なりません。
迷いと言ってもいいのですが、迷いは葛藤の中の一つですが、熱量が小さい。
一方、怒りや嫉妬も葛藤の一つで、これらの持つ熱量は非常に大きいのです。
わたしたち−厳密には、「私」ですが−の心というのは、実は怒りと嫉妬がその殆どであるのです。
喜怒哀楽と言いますが、喜び、哀しみ、楽しみの心は、怒り・嫉妬の不在の状態と言っても過言ではありません。
それは、葛藤という摩擦熱を生む最大のものが、怒り・嫉妬であるからです。
量子飛躍には、外側の軌道から内側の軌道への飛躍と、内側から外側への飛躍の2種類があります。
外側から内側への飛躍の時、光が放射されます。
内側から外側への飛躍の時、エネルギーは吸収されます。
怒りや嫉妬は、光が放射された状態のことです。
しかし量子飛躍には、内側から外側への飛躍をすると、エネルギー(熱)が吸収されるものもあります。
それこそが、純粋結晶状態の心です。
正夢を観ている時、わたしたちの心は怒り・嫉妬であふれています。
負夢を観ている時、わたしたちの心は怒り・嫉妬の不在状態である喜び、哀しみ、楽しみであふれています。
独りだけの座席に座っている「わたし」に気づいた時、わたしたちの心は純粋結晶状態にあるのです。