Chapter 134 地獄と天国の使者

人間が悩んだり、不安に苛まれたりする場合の殆どの原因は自分自身にあり、決して外部環境にはありません。
それでは一体自分自身のどこが問題なのでしょうか。
そこのところをわかっていないと対処の仕様がない。
ところがわたしたちは、原因がどこにあり、どんな原因なのかを知らず苦しんでいるのです。
わからないまま苦しんでいるものだから、自分以外のものに責任をなすりつけるのです。
『社会が悪いんだ!』
『あいつがこんなことをしたから悪いんだ!』
といった具合になる。
それは自分の生きている世界をきっちり認識していない証拠です。
夢の中の出来事は、殆ど心地よくない内容のもので、夢を観ている間、わたしたちはその原因が自分でないと主張し続けています。
『自分が悪いのではない!』
夢の最後は、必ずこの台詞の叫びで目を醒ますのです。
それを引き摺って生きているわたしたちは、目が醒めた後、所謂現実の世界でも、『自分が悪いのではない!』と叫んで生きているのです。
つまり白昼夢の方を現実と思って生きているのです。
夢の中で叫ぶ、『自分が悪いのではない!』と叫ぶのは当然のことです。
何故なら自分は夢の中にはいないのです。
ただ夢を鑑賞しているだけなのです。
映画やテレビを観ていて、その中での出来事を自分の所為だと思う鑑賞者は誰もいません。
夢の中も、実は鑑賞者であるのに、共演者だと思っているところに問題があるのです。
所謂現実の世界でも、本当の自分は鑑賞者であるのに、共演者だと思っているところに問題があるのです。
『自分が悪いのではない!』
と寝ても醒めても叫んでいるわたしたち。
自分が鑑賞者であると認識した途端に、この台詞は消えてしまうのです。
自分が夢の中での共演者だと思っている限り、この台詞を吐き続けることになるのです。
そうしますと、『他人が地獄である』とある哲学者が言ったように、共演者の場にいることがお互い地獄をつくっていることになるわけです。
自分独りだけの世界であれば地獄は在り得ないわけです。
夢の中に同化している、「私」が地獄の使者であります。
夢を鑑賞している、「わたし」が天国の使者であるのです。
しかし、普段のわたしたちは、「私」を自分だと思って生きています。
この世は地獄と思うのは当然でしょう。