Chapter 133 時間と共に流れる

わたしたちが日常生活を営む上で最も意識しているのが時間です。
現代社会はまさに拝金主義の横行がその極致に達しているように思われますが、それでもお金が時間よりも大切だとは、潜在意識下では誰も思っていないでしょう。
「Time is money」 という諺があります。
時間がお金と同じぐらい大切だということを言っているのです。
「Money is time」とした方が正しい表現のように思います。
お金は時間と同じぐらい大切。
日常生活の中で時間以上に意識して生きているものは無いのです。
朝目が醒めた時に最初に気に留めるのは時間です。
夜眠りに就く時に最後に気に留めるのも時間です。
朝目が醒めた時にお金のことを思い浮かべるのは異常な日常生活を送っている人だけです。
夜眠りに就く時にお金のことを考えてしまうのも異常な日常生活を送っている人だけです。
借金取りに追いかけられているか、事業で不渡り手形を出す事態に陥っているか、要するにお金の問題が眼前にあるわけです。
人間が生きていく上での基本は衣食住の問題であって、お金の問題は飽くまで衣食住の問題の解決手段の一つであるだけです。
実際、わたしたちはお金がなくても、衣食住が足りれば問題はないのです。
ルンペンという言葉が昔ありました。
今ではホームレスと言うようです。
乞食という言葉が昔ありました。
今では乞食という言葉だけではなく乞食そのものが存在していないようです。
しかしよく考えてみれば、人間以外の動物はみんなルンペン生活をしているのですから、ルンペン生活が生き物の本来の在り方だと言えるのではないでしょうか。
人間以外の生き物は、今日の糧のためだけに生きています。明日の糧のことなど考えてはおりません。
人間以外の生き物は、雨露を凌ぐ屋根のある住居のことなど考えて生きてはいません。
人間以外の生き物は、身にまとうものなど考えて生きてはいません。
わたしたち人間も生き物ですから、潜在意識下では他の生き物と同じ意識です。
従って、お金の問題で悩むことはあっても、衣食住の問題で悩むことは本来ありません。
わたしたちは、明日の食べものが無くてもそれほど深刻にはなりません。
わたしたちは、明日の住む住居が無くてもそれほど深刻にはなりません。
わたしたちは、明日の着る衣類が無くてもそれほど深刻にはなりません。
深刻になるのは、己の欲望だけです。
もっとたくさん食べたい。
もっと心地良い家に住みたい。
もっと奇麗な服を着たい。
ギリシャの哲学者でディオゲネスという人がいました。
彼は今でいうホームレスだった。
裸で生活し、大きな土管の中を家にしていた。
ある時、アレキサンダー大王が高名なディオゲネスのことを聞き及んで彼に会いに行きました。
その時彼は日光浴を楽しんでいたそうです。
その彼の前に世界を征服したアレキサンダー大王が立ってこう言いました。
「わたしはアレキサンダー大王だ。お前は高名な哲学者だと聞いてやって来たが、どうしてそんな格好をしているのか?わしに仕えれば奇麗な服を与え、おいしい食べものを与え、立派な家を与えてやるがどうだ?」
そうすると、そのルンペンはこう言いました。
「わしは今日光浴をして楽しんでいるのだ。それをお前さんが邪魔しておる。ちょっとそこからどいてくれないかね。お前さんが邪魔で、せっかくの太陽の光が入って来ないじゃないか!」
そう言って寝てしまったそうです。
アレキサンダー大王は怒ることも出来ず、その場を立ち去りましたが、それ以後このルンペンのことを一生気に掛けながら死んでいったそうです。
最高のこの世的成功を収めたアレキサンダー。
最低のこの世的人生を送ったディオゲネス。
しかし心の平安はどちらの方にあったでしょうか。
心の平安を得る唯一の方法は、時間を意識しないで生きることです。
時間を意識しないで生きるには、時間という流れに乗って生きることです。
その時、時間は止るからです。
わたしたちが日常最も意識して生きているのが時間だと冒頭に申しました。
お金や、この世的成功をしても、時間を意識して生きている限り、わたしたちは生きる苦痛から解放されることはありません。
息を意識して生きることはできませんが、息ができなくなったらわたしたちは息のことを思い出します。
それは息がいつもわたしたちの傍にいてくれるからです。
神を意識してわたしたちは生きてはいませんが、神がいなくなったらわたしたちは神のことを思い出します。
『神さま!たすけてください!』
時間を意識して生きたら、人生は四苦八苦そのものですが、時間と共に流れれば、人生は平安そのものになるのです。
いつも傍にいてくれるものを、わたしたちはついないがしろにします。
『今、ここ』こそ、いつも傍にいてくれるすべてであるのです。