Chapter 119 わたしたちの人生観

自分の影は、季節によってその姿を変えます。
もちろん光が射す角度によるのですが、わたしたち地球上に生きているものにとっては、太陽から地球に射す光の角度はある範囲に限られているために、その姿の変化も限定されるわけです。
これが他の星に行くと、まったく違った角度で太陽の光が射してくるので、その姿も大きく変わってしまうのです。
光と暗闇の関係は、All or Nothing の関係です。
つまり、光の量と暗闇の量の程度には、両者の存在はまったく関わっていないのです。
暗闇の中に太陽の光が射さなくても、一点の蝋燭を灯すだけで、暗闇は消滅します。
つまり、四苦八苦の人生の中に、些細な喜びが飛び込んでくるだけで、その人の四苦八苦の人生が消えてしまうのです。
四苦八苦の実体が、ここに見え隠れするのを、わたしたちは見逃してはならないのです。
ややもすれば、四苦八苦そのものに、大小や多少といった程度の違いがあるように、わたしたちは錯覚していますが、実は暗闇には、薄い暗闇と真暗闇のような違いはないのです。
暗闇の実相は、光の不在にあるわけです。
このことは、何度もお話してきましたが、なかなか四苦八苦の人生真只中にいる人たちにとっては、理屈でわかっても身体でわかるまでに至っていないため、役に立っていないのが実態ではないでしょうか。
わたしはそこで、光と影の関係で説明してみようと思うのです。
光と暗闇はAll or Nothing の関係であることは、前述いたしましたが、それでは光と影は、どうなのでしょうか。
二律背反の関係だからAll or Nothing になるわけで、補完関係であれば、まさにOr an extentという程度の問題になるのです。
実際に、わたしたちは、四苦八苦の問題をAll or Nothing には捉えてはおらず、Or an extentと捉えている節があります。
光の量が多くなれば影もよりくっきりとする、光の量が減少すると影も薄くなるように、影は光の量に正比例します。
しかし外してはならないのは、光が存在するところには必ず影も存在するという、補完関係であることです。
わたしたちの人生を振り返ってみるに、希望と失望はまさに光と影の関係であるように思われます。
希望だけの人生はないが、失望ばかりの人生でもない。
希望に胸を躍らせる時期もあれば、失望のどん底に叩き落とされる時期もあるのが、わたしたち人間の一生であるようです。
ただ、影の姿、形とその大きさにおいて、わたしたち地球の上で生きているものには、固有の程度があり、他の星にも固有の程度があってみんな違うということを理解することが重要なように思うのです。
人間は、今のところ地球上にしか存在していません。
しかし、限りなく無数に近い数の星が宇宙に存在する中で、わたしたちのような存在が地球だけにあるとは考えにくいわけですから、他の星でわたしたちと同じような存在があって、やはり四苦八苦の人生を送っているとするなら、彼らの四苦八苦はどの程度のものかを知ることは、非常に有用であることは確かだと思うのです。
程度の違いを知ることはできなくても、違いそのものを知るだけで、わたしたちの人生観が、がらっと変わってしまうと思うのです。