Chapter 115 人生を読み直す (II)

「夢の中の眠り」という作品を書き始めてから4ヶ月近く経ちます。
最初は、ただ「夢の中の眠り」というタイトルだけが思い浮かんだだけで、中身はいかなるものになるかも考えずに書き始めたのですが、もうChapter115まで来てしまいました。
つまり115回目の朝を迎えたということです。
わたしは、朝早く起きて2時間程度執筆するだけで、特に「夢の中の眠り」は目が醒めた直後に、湧いてきたままに書いています。
書き始めるまで、内容は自分自身でもわからないのですが、書いていく内に調子が出てきて、書き終わった時には、「ふん、ふん」と自分でも納得するというスタイルなのです。
読み直してみますと、おぼえていないことが殆どですが、不思議と論旨や脈絡は合っていて、しかも大事なポイントはしっかり身体でおぼえているので心配ないのです。
このような執筆スタイルは、「神はすぐ傍」という「時間が神なら」をテーマにした作品から強くなってきました。
いま、「神はすぐ傍」のPartIII「時間からのメッセージ」を、夜になると読み直しているのですが、まったくおぼえていません。
詩風に感性で書いているので、余計記憶にありません。
まさに赴くままに書いたのです。
しかし、論旨も脈絡もしっかりしているので安心しました。
どこかのChapterで書きました、「不思量底思量、是即非思量」の境地だったからでしょう。
高速道路を走っていて、5分ほど記憶がなくなっているのに、しっかり運転していた経験と同じ状態だったのでしょう。
般若心経の、「色即是空、空即是色」と同じと言ってもいいでしょう。
創造的な仕事をするのは、こういった境地でないとできないと思います。
意図的な気持ちでは、創造的な仕事はできません。
継続することが大切だと主張してきましたが、日々の糧を得る意図でやる継続では、やはり創造的なことはできないと思います。
人生のツボがここにあるような気がしてなりません。
わたしたちはみんな、創造的なことをしたいと思っているのですが、先ずは糧を得て生きて行かなければならない問題と相克し、創造的な方を後回しにします。
生きて行くことが当面の問題だから仕方ないのですが、結局そのまま一生を終わらせてしまうのが殆どなのです。
わたしたちは、みんなそれぞれの独創性を有していて、その独創性を発揮することがこの世に生まれてきた使命です。
ただ糧を得る為に、生まれてきたのではありません。
晩年になってから、自分の人生を振り返ってみて、これから死ぬまで何をしていいのかわからない程、惨めなことはありません。
たとえこの世的成功を収めても、惨めさは何ら変わりません。
晩年を迎えた方が、たとえ小さなことであっても自己の使命を知り、果たした満足感と、この世的成功を天秤にかけたら、どちらを選ばれるでしょうか。
自己の使命を知り、使命を果たすべき道に入るのは、できるだけ若い時の方がいいのですが、知らないまま死んでいくよりは、晩年でも気がつけば幸いだと思います。
2日ほど前の配信で書きました、詩を紹介しておきます。

人間は旅人
旅に出る人は幸い
心の中に輝く希望がある
たとえ予期せぬことがあっても
たとえ望まぬ出会いがあっても
それもまた希望の掛け橋になる

旅に出る人は幸い
心の中に虹色の夢がある
たとえ儚い望みであっても
たとえ切ない想いであっても
夢の中の旅なら気持ちは晴れる

旅に出る人は幸い
心の中に楽しい景色がある
たとえ小さな町に行っても
たとえ大きな都会に行っても
人生の旅なら何もかも良し