Chapter 112 夢とは現実の一瞥

わたしたちは、眠っている時も、目が醒めている時も、無意識の状態にいる時が、意識が眠っている状態で、非意識の状態にいる時が、意識が醒めている状態だと考えていいでしょう。
従って、夢は眠っている時に観るものですから、夢を観ているのは、無意識の状態の時であるのです。
即ち、夢を観ている記憶がない筈です。
わたしたちは、目が醒めている時でも夢を観ていると主張している所以がここにあります。
夢とは、夢を観ている記憶がないのがその本質であるのです。
ところが、わたしたちは、夢を観ている時、それが現実だと思っている記憶がある。
つまり、夢を観ている時は、その夢を現実だと思っていて、目が醒めてからも記憶にあって、しかも引き摺っておる正夢こそ、わたしたちが所謂現実の世界と思っているものの実体であるのです。
即ち、「夢の中の眠り」状態にあるのです。
負夢を観ている時だけは、逆に言えば非意識の状態であるわけです。
即ち、「夢」そのものであるのです。
背景画面に映っている無制限連続バラバラ1本立て映画の中で、予告編や宣伝の場面が負夢であって、その時だけが映画に没我していない唯一のオアシスの時間であるわけです。
その時こそ、実舞台、即ち真の現実の世界を垣間見る絶好のチャンスであるのに、わたしたちは休憩時間だと勘違いして、トイレに行ったり、煙草を吸いに行ったりして、4階の席に就く絶好のチャンスを逃しておるのです。
「垣間見るチャンス」が負夢だと申しましたのは、「きちんと見るチャンス」が外にあるからです。
それが、目が醒めている時であることは言うまでもありません。
しかし、わたしたちは、眠っている時も、正夢を観て眠っておる無意識状態であり、目が醒めている時も、正夢の延長、つまり白昼夢を現実だと勘違いして眠っている無意識状態で生きているのです。
夢を観ることが悪いわけではないのです。
夢は気づきの一瞥を与えてくれているのです。
夢を観ているのに現実だと思っているところに問題があるのです。
背景画面を実舞台だと勘違いしていることに問題があって、背景画面を観て、その前に実舞台があることに気づいて4階の席を発見する機会を与えてくれていることを知るべきです。
その気づきの機会は、わたしたちが、『今、ここ』に生きている時しか無いのです。
そして4階の席は、『自分独りだけの席』だということは、言うまでもありません。
愛する人といえども、席を共有することは在り得ないのです。