Chapter 107 夢の世界のルール

夢の中では、人間が決めた法律や道徳といったものは一切通用しません。
それでは、一切のルールがない自由放任のやりたい放題の世界なのでしょうか。
わたしたちが、生きている所謂現実の世界と対比すれば、確かにやりたい放題の完全自由の世界です。
人殺しも出来るし、レイプ三昧のまるでハーレムのような夢の世界も可能であります。
では、わたしたちの所謂現実の世界では、人殺しもレイプも存在しないのかと言いますと、とんでもない。
アメリカでは、人殺しは20分に一人、レイプは3分に一人の割合で被害者になっておるのが実体であります。
「法律というものは、破られる為にある」
誰が言ったか知りませんが、確かに人間社会は、この言葉通りになっているのです。
犯罪件数に比例して、新しい法律は増えて行く、所謂鼬ごっこになっているのが現実であるのに、人間は依然鼬になって追いかけっこをしているのです。
いい加減目を醒ますべきだと思うのです。
新しい病気と薬の開発の鼬ごっことまったく同じ現象だと言えるでしょう。
SARSウィルスなどは、単にただのインフルエンザウィルスであるのでしょうが、香港A型ウィルスやらB型ウィルスのインフルエンザなどと毎冬発生する度に、新しい抗生物質が鼬ごっこのように誕生する結果であるだけです。
人間が目先の問題を取り敢えず解決する、所謂対症療法に明け暮れてきた結果であり、この鼬ごっこを止めない限り、この追いかけっこはますますエスカレートして行くでしょう。
人間社会にとって悪と判断されても、自然社会全体の中で決して悪と言えないルールというものがいっぱいあるのです。
逆の善の判断においても、人間社会と自然社会ではまるで正反対のものもいっぱいあるのです。
そうしますと、夢の世界はやりたい放題の完全自由の世界であると言えるのは、人間社会の今までのルールに対して自由であると言えるだけであることがわかってきます。
夢の世界には、夢の世界の掟が厳然とある。
それは一体どんな掟でしょうか。
わたしたちが夢を観るのは、無意識以上のレベルがその源泉になっていることを理解しなければなりません。
わたしたちの意識というのは、先ず顕在意識がある。
そして次に顕在意識が働かない状態である無意識がある。
その間に潜在意識がある。
人間としての個別の意識はここまでです。
次にすべての存在が一体となっている集合意識があるのですが、このレベルになりますと、個別意識ではなくなるので、「わたし」も「私」もなくなってしまいます。
わたしたちが夢を観る時は、顕在意識は眠っており、無意識か潜在意識下であるのです。
無意識下で観る夢が負夢であり、潜在意識下で観る夢が正夢ですが、顕在意識下でのルールつまり人間が決めた法律や道徳観に対して、潜在意識や無意識は集合意識に繋がっているため、ルールは集合意識下のものであるのです。
そこでは、人間が決めた法律や道徳観は一切通用しません。
だから、人殺しをしたり、レイプをするのです。
しかし、所謂現実の世界でも、「やってはいけない事」と決められておることを、人間は犯しておるのです。
結局の処、現実に起きていることは、夢の世界と同じであるのです。
目が醒めていても、わたしたちは夢を観ている。
所謂現実の世界と夢の世界の区分けができないのです。
それはコインの裏表の関係だと言った方が正しいでしょう。
従って、現実の世界と夢の世界は、並行して起きている現象であると言えます。
わたしたちは、二つの世界を生きておるのです。
目が醒めている時は、コインの表の顔があり、夢を観ている時は、コインの裏の顔があるのですが、どちらも同じコインつまり自分の世界であるのです。
従って、人間がつくった法律や道徳観といったルールはまったく存在意義を持たないものであることがわかるでしょう。
コインの表でも裏でも通用するルール、それが夢の中でのルールであり、このルールを所謂現実の世界のルールにしない限り、「法律というものは、破られる為にある」だけのものとなり、ますますルールを犯す出来事が頻発する鼬ごっこになるのです。