第五章  冷徹・武蔵

武蔵は 評判のよい剣客ではなかった

吉岡一門との戦いも 佐々木小次郎との巌流島での決闘も 勝てど 評判はよくなかった

武蔵は 勝つためには 手段を選ばなかった

それが 評判の悪い原因だった

しかし 戦や決闘というのは 殺し合いだ こちらが死ぬか 相手が死ぬか 

自分が生きたければ 相手を殺すしかない

そのとき 武蔵は 手段の善悪を一切考慮しなかった

それは 武蔵が もともと侍ではなかったからだ

固定観念を持たない武蔵を 打ち負かす侍はどこにもいなかった

ある日 武蔵がちょうど三十才を超えたころ 一人の修験者に出会った

その修験者と言っても 槍を振りまわす坊主武芸者だ

彼も侍でないから 戦い方は手段を選ばない

この坊主と武蔵が戦うことになった

戦いが 始まると 武蔵は度肝を抜かれた

武蔵の顔めがけて 砂をかけた

目つぶしに合った武蔵は バランスを失くして 何が何だか分からなくなった

そこへ いやああ と大声で坊主が武蔵めがけて槍を突いてきた

その大声で 武蔵は坊主の場所を感じとった

とっさに 武蔵は脇差しを抜いて 槍の矛先を跳ねたと同時に本差しで 

坊主の背後に まわって坊主の背中を一刀のもとに切った

侍が 脇差しを何の為にしているのか 分からなかった武蔵は この戦いで分かった

侍の武器として刀は 脇差し、子つかを持ち具えていた

この闘い以来 武蔵は 己の持つ武器を全部駆使して闘うことが良しとして自己流の流儀を極めていった

二天一流は こうして生まれた

二天一流は 体全体を鍛え抜いた者しか使えない流儀だ

技の前に体力が要る これが武蔵のやり方だ

この考え方は 現代にも引き継がれている

世界のスポーツはすべて体を鍛え抜いた者が勝者になっている

武蔵を生んだ日本なのに 一番遅れている

武蔵の一生を もう一度勉強してみる必要がある