第二十八章  武蔵・柘植の武蔵

柘植を抜け 武蔵と日吉は 伊賀の里に入るところだった

柘植は 伊賀とは 深い関わりのある所だ

忍びの術を修得するには 柘植の地でする

地形が その修行に 適しているのだ

だから 柘植出身の 忍びや 剣客が多い

武蔵は 日吉に尋ねた

拙者は 吉備の英田出身だが あの地も 温泉が豊富で 剣客がよく来ていたものだ

この柘植の地には 有名な剣の達人がいるらしいが 日吉殿は ご存知か

たしかに 聞いたことがある 光秀が 信長様を 裏切った時 家康は堺の地に

逗留していた そしてこの柘植から 伊賀を通って 伊勢に出て

岡崎に戻ることが出来たのだ

そのとき 柘植まで 光秀の間者が 追いかけてきたのを 追い散らして家康を救った男がいた

その男は 棒術の達人で 10人の間者を 一人残らず 突き殺したという

その達人は 今でも存命か と武蔵が 聞くと

たしかまだ 60才を超えたぐらいで この柘植にいると聞いた

その名は と聞くと 柘植の武蔵というらしい

自分の名前と同じであるのを知って 武蔵は驚いたが もともとの名は

弁之助というのが 本名だった自分と違って

こちらは もともとの名が武蔵と言う

伊賀の里に入る前に 柘植の武蔵に 会ってみたくなった

柘植の庄家の別宅に 住んでいると聞いた 武蔵と日吉は

田畑の 真中にある別宅を見つけた

門には 柘植武蔵という 表札が立ててあった

玄関で 頼もうと大声で 武蔵が 呼ぶと 老人が出てきた

わしが 武蔵じゃが 貴公は 宮本の武蔵殿じゃな

驚いた武蔵は 日吉の顔を見た 

またしても 白隠の仕業か と思った武蔵は 巻物を開けてみたが

柘植の武蔵の名はなかった

おかしいのう と思った武蔵は 柘植の武蔵に聞いてみた

どうして 拙者が 宮本の武蔵だと お分かりになったのか

そりゃ 誰でも お前さんの 姿を見れば 分かるじゃろ

何せ 脇ざしが 本ざしと 同じぐらい殺気を発しておる

そんな 剣客は 宮本の武蔵しかおらぬわい

自分の脇ざしを 初めて眺めてみて その意味がよく分かった武蔵は

まだまだ 修行が足らないと思って その場でお辞儀をして伊賀に向かった