架空の豊かさ「政官革命を起こせ」 森田実 著 より抜粋

1988年の経済白書はきわめて楽観的な現況評価と見通しを述べていた。
「日本は昭和61年(1986年)年のGNPで先進国中第二位、一人当たりGNPでは16330ドル(同5位)と目覚しい水準に達している。過去5年間の経済成長率では4.0%と先進工業国平均3.3%を上まわる伸びを示し、また、IMF等の国際機関の予測でも今後もこの傾向を維持するとしており、活力ある経済を維持しているといえよう。この間、わが国は対外純資産の面でも世界最大となった。国民生活の基本である「食・住・衣」の量的な面は国民全般が満足している水準に達しているとみられる」
だがここには三つの問題が隠されている。
(1)ここにいう日本の豊かさはあくまで数字上の問題であり、円高という人為的、政治的な数字の操作から生れたものだ。
あえていえば、この豊かさは、なかば架空のものである。
(2)集計的な数字だけでは国民生活の変化は説明できない。
国民生活にとって重要なことは、経済成長の成果の度合そのものよりも、むしろ成果がどう配分されるかという問題である。
成長の成果は“持てるもの”だけに偏っている。
円高好況と内需拡大経済の展開のなかで、“持てるもの”と“持たざるもの”との分解が進んでいる。
このような現実を無視して「豊かな国民生活」を誇るのはあまりに空虚なことではなかろうか。
(3)「一人当たり所得が世界水準に達している」(経済白書)といっても、国際水準に比べて物価水準が非常に高く、住宅事情が悪い。
それゆえ世界水準といわれる一人当たり所得の数字には、ほとんど現実味がないのである。


この架空の豊かさが露呈された結果、格差社会がその正体を現わし、働けどもますます貧困になる「ワーキングプアー」なる言葉が先進国の中で蔓延しはじめたのです。