腐敗と堕落「政官革命を起こせ」 森田実 著 より抜粋

日本株式会社の敗北は第一に深刻な財政赤字にあらわれている。
第二次大戦後の高度経済成長の結果、税収は伸び、国の財政は拡大した。
この拡大が官中心の高度成長を可能にした。
しかし70年代以後財政赤字は拡大、90年代半ばになると先進国中最悪の赤字国になった。
もはや、これ以上の赤字財政は許されなくなっている。
国民の高貯蓄が政府の大赤字財政を可能にしてきたが、金融国際化の流れの中ではこれ以上の大赤字は不可能である。
一歩間違えば巨額の預貯金が海外へ流れ出す危険性がある。
金融ビッグバンが赤字財政を可能にしてきた諸条件を押し流そうとしているのである。
日本の財政は崩壊寸前である。
第二は、一時は世界のなかでもっとも優秀と高い評価を受けたこともあるエリート官僚の腐敗・退廃である。
日本の官僚とくにエリート官僚は倫理的にも知的にも卓越した存在だと言われてきた。
日本人のなかにも勤勉にして高潔な官僚がいることを誇りと考える人が少なくなかった。
官僚自身もそう自己評価してきた。
そして海外もこれを認めてきた。
しかしいまやそれは神話と化した。
幻想でしかなかったことが明らかになったのである。
リクルート事件、大蔵省エリート官僚接待漬け事件、厚生省岡光・茶谷事件、泉井スキャンダル、関西空港服部事件、地方自治体の泥沼のようなカラ出張・カラ会議事件などによって、役人社会の信用は地に堕ちた。
これこそ官僚国家日本の敗北を示す象徴的な姿である。
第三に、大企業の腐敗・堕落である。
90年代に入ると商法違反事件が続発している。
野村証券、味の素、高島屋、住友商事など世界的にも著名な日本のトップ企業に次々と検察・警察の追求の手が伸びている。
そして97年の野村証券(またしても!)と第一勧銀の総会屋事件。
大企業経営者に対する国民の信頼感は薄れてきている。
海外でも大和銀行ニューヨーク支店事件、銅取引にからむ住友商事事件など日本企業による不祥事が続発した。
いまや日本の大企業は遵法意識が希薄だとみられている。
そのうえ金融機関の信用失墜。
日本債権信用銀行、北海道拓殖銀行は海外から撤退せざるを得なくなった。
日本株式会社の敗北は海外からも注目されている。
97年1月31日付け「ウォールストリート・ジャーナル」紙にポール・A・ジゴー記者は「日本をめぐる大論争はおわった」と題する評論のなかで次のように書いた。
「クリントン米大統領が二期目の就任演説で述べたように、政府の役割をめぐる大論争は決着をみた。同大統領は今や、間違った政府とはどんな政府か、はっきりわかったのである。日本の経済成長を支えた官僚主義モデルの優位性に関する議論は終わった。日本の官僚は敗れたのである。そこには、わが米政府にも教訓になるものがあろう。
新聞紙面は今、日本株式会社の訃報を伝えるような記事であふれている。29日付けの本紙は一面で、橋本龍太郎首相が、日本を根本原理である「市場」に委ねたいと思っていると報じた。ビジネス・ウィーク誌でさえ今月、特集記事で「世界経済はついに保護され過度に規制された日本経済を包囲した」と述べ、日本の敗北を明言した」
ジゴー記者も書いていることではあるが、数年前までの日本に関する議論は正反対の方向にあった。
日本の政府の「特殊な能力」は高く評価されていた。
それが、わずか数年で変わった。
日本は脅威ではなくなり、軽蔑の対象になり下がってしまったのである。

失われた10年と言われる1990年代の話でありますが、「いざなぎ景気」を上回る長期景気と言われている今、2007年。
もう一度、失われた10年の頃の日本を思い出してみる必要があるのではないでしょうか。