第七十章 歴史の本分=真実の歴史=敗北者の歴史

学問の一つとして歴史学があります。
嘗て、
古代ギリシャ時代においては、哲学(Philosophy= 愛智の意)とは学問全体を言い、数学も歴史学も哲学(Philosophy= 愛智の意)の一つに過ぎず、哲学(Philosophy= 愛智の意)の本分を満たすために数学があり、歴史学があったのです。
従而、
歴史学も哲学(Philosophy= 愛智の意)の本分を満たすためにあったのです。
まさに、
歴史学も哲学(Philosophy= 愛智の意)であった証です。
では、
学問の頭領である哲学の本分とは一体何でしょうか?
まさに、
哲学(Philosophy= 愛智の意)するとは、愛を知ることに他ならないのです。
では、
愛を知るとは、一体どう意味なのでしょうか?
まさに、
われわれ人間凡夫が愛を知らないことを意味するのです。
そして、
愛を知るということは、自分よりも他人を大事にすることに他ならないのです。
従而、
勝利者は愛を知ることはできず、敗北者こそ愛を知ることができるのです。
なぜなら、
痛みを知らない限り、他人を大事にすることはできないからです。