第五十七章 現代宇宙論は映画論

われわれ人間は、毎朝、夢の眠りから目を覚まして、夢の世界から現実の世界に戻ることを、何万回と繰り返してきました。
まさに、
目を覚ませば夢だったことに気づくということは、夢を観ている間は、現実だと錯覚している証明です。
われわれ人間は、映画を観ている間、映画と知っていながら、一喜一憂している。
この事実は、一体何を意味しているのか考えたことがあるでしょうか?
まさに、
映画を鑑賞している状態は、夢を観ている状態と同じなのです。
そして、
現実だと思っていることが、目から覚めると、夢であったことに気づくことからして、現実だと思っている昼間目が覚めている世界も、実は夢と気づかなければならないはずなのに、一向に気づかないのです。
まさに、
われわれ人間が、錯覚している何よりの証拠に他なりません。
そうすると、
目の前に拡がる世界、つまり、外界は、実は夢と同じ映画の世界に他ならない、ということになります。
そして、
天空に拡がる宇宙も、実は夢と同じ映画の世界に他ならない、ということになるのです。
一方、
現代宇宙論の基礎をつくったのは、16世紀から17世紀のイタリアの科学者ガリレオ・ガリレイである。
直径4cmの望遠鏡を発明して、それまで滑らかな表面だと信じてきた月の表面が実はでこぼこだったことを発見した。
爾来、
望遠鏡の発達は目覚ましく、今では、宇宙衛星望遠鏡で137億光年の彼方まで観測できるわけです。
まさに、
観測することで、より深遠な現実を知ろうというのが、現代宇宙論なのです。
ところが、
観測できるものはすべて、過去の映像なのであり、映画と同じなのです。