第四十五章 線の歴史観

日本人が自己の存在意義を知る上で学ぶのが日本の通史、すなわち、日本史です。
従而、
日本史とは厳密に言えば、日本通史に他なりません。
まさに、
日本通史とは文字通り線の歴史観に他ならないのです。
そして、
公式の日本通史、すなわち、国史は、「六国史」と呼ばれ、「日本書紀」「続日本紀」「日本後紀」「続日本後紀」「日本文徳天皇実録」「日本三代実録」です。
「日本書紀」は神代から持統天皇まで。
「続日本紀」は文武天皇から桓武天皇まで。
「日本後紀」は桓武天皇から淳和天皇まで。
「続日本後紀」は仁明天皇の代だけ。
「日本文徳天皇実録」は文徳天皇の代だけ。
「日本三代実録」は清和天皇から光孝天皇まで。
日本における国家事業としての史書の編纂は飛鳥時代から平安時代前期にかけて行われ、六つの史書が残されたため、これを六国史と読んでいる。
そのため、
日本において単に国史と言えば、六国史のことを指します。
日本書紀以前にも『天皇記』、『国記』などの編纂が行われた記録があるが、これらは現存していません。
また、
六国史の後も「新国史」と称される国史編纂計画は存在したが完成には至らなかった。
また、
明治維新後にも六国史以降を対象として、史書編纂は計画されたがさまざまな事情により実現せず、代わりに大日本史料が編纂されました。
従而、
第五十六代清和天皇(西暦858年〜西暦876年)から第五十八代光孝天皇(西暦884年〜西暦887年)までの記録である「日本三代実録」以降、現第百二十五代平成天皇までの記録は存在しないのです。
まさに、
日本通史である線の歴史観は、日本には存在しない証明です。
言い換えれば、
日本人のアイデンティティは、日本には存在しないのです。