第四十三章 歴史の本質=真実の歴史

われわれ人間社会は、功罪両面を有する二元論世界に他ならない。
この事実には本質的に問題はありません。
問題なのは、間違った二元論にあるのです。
言い換えれば、
勘違いの二元論にあるのです。
新田哲学でいうところの、好いとこ取りの相対一元論こそ、われわれ人間社会が嵌った勘違いの二元論の正体に他ならないのです。
では、
勘違いのない、すなわち、間違っていない、すなわち、本来の二元論と、勘違いの、すなわち、間違った、すなわち、好いとこ取りの相対一元論との違いは一体何なのでしょうか?
まさに、
何事も“好い”と“好くない”、すなわち、肯定と否定という二律背反する者同士という区分けこそ元凶なのです。
西洋社会の最大の過ちが、この点にあるにも拘わらず、近代以降、西洋社会が世界を支配してきた結果、人間社会が母なる大地である地球を怒らせてしまったのです。
まさに、
人類の歴史を語るには、先ず、母なる大地である地球の歴史を語らなければならないのです。
まさに、
新田史観の核である点の歴史観よりも線の歴史観、線の歴史観よりも面の歴史観、面の歴史観よりも立体の歴史観の本領がここにある証明に他なりません。