第四十一章 歴史学の正体

真の歴史家は決して、権力に屈してはならない。
現代風に言い換えれば、
真のマスコミは決して権力に屈してはならない。
なぜなら、
マスコミとは社会正義を訴えることを使命としているからです。
従而、
真の歴史家とは社会正義を訴えることを使命としなければならないのです。
中国の「史書」を書いた司馬遷は、決して権力に屈しなかった。
近代西洋史のバイブルになった「ローマ帝国衰亡史」のエドワード・ギボンの職業は歴史家ではなかった。
どうやら、
ホンモノが世に認められるのは至難の技のようで、世に認められるのはニセモノというのが人間社会の常のようです。
現に、
明治維新の最大の功労者という坂本龍馬の偶像化に貢献した司馬遼太郎は、権力に阿りた結果、『司馬史観』という固有名詞までつくられるほどの歴史の大家に生前中になっていたのが、なによりの証です。
日本人が、太平洋戦争で木端微塵にされるまで、神に庇護された国という妄想に駆られた原因は、明治時代に経験した二つの戦争(日清、日露戦争)に勝利したからだが、そんな妄想に日本人を洗脳した張本人こそ『司馬史観』に他ならなかったのです。
現に、
日清、日露戦争の実体をつぶさに見てきたインドのネールが、娘インドラに宛てた手紙こそ、司馬遼太郎が描いた「坂の上の雲」が戯言である証明に他なりません。
欧米列強の一角を担っていた当時のロシアを支配していたのはロマノフ王朝であり、軍事力においては大英帝国を上回る世界最大の強国ロシアに勝利した日本を憧憬の的にしていたのが、大英帝国覇権主義の餌食になっていたインドを解放しようして、ガンジーと共に戦ったネールだったのです。
アジアの誇りと日本を尊敬していたネールだったが、日清戦争(彼にとっては中日戦争)の実体を知って日本に絶望していたネールの心情が、娘インドラに宛てた手紙に如実に表われています。
ジャワハルラール・ネール著『父が語る世界歴史』の中の抜粋を紹介しましょう。
『1894‐5年の中日戦争は、日本にとっては朝飯前の仕事であった。日本の陸海軍が新式だったのに対して、中国のそれは旧式で、老朽化していた。日本は連戦連勝して、中国にたいして、日本を西洋列強と同等の地位におく条約(下関条約)の締結を強要した。朝鮮の独立は宣言されたが、これは日本の支配をごまかすヴェールにすぎなかった。中国はまた、旅順港をふくむ遼東半島、台湾、および若干のほかの諸島の割譲を迫られた』
ついで日露戦争における日本の勝利について、
『日本のロシアにたいする勝利がどれほどアジアの諸国民をよろこばせ、小躍りさせたかを、われわれはみた。ところが、その直後の成果は、少数の侵略的帝国主義諸国のグループに、もう一国をつけくわえたにすぎなかった。そのにがい結果を、最初になめたのは朝鮮であった。日本の勃興は、朝鮮の没落を意味した』
司馬遼太郎が「坂の上の雲」で主張する「栄光の明治」も世界から見たら、こんな風に思われていたのです。
まさに、
歴史学の正体ここにみたり、の感に思えてしかたないのは筆者だけでしょうか?