第三十章 客観性に基づく常識(その1)

・神は主なるわたしをおいて他にいてはならない。
・あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
主観性に基づく戒めに他なりません。
では、
客観性に基づく戒めなら一体どうなるでしょうか?
「主なるわたし」とは、一体何者でしょうか?
宗教といった主観の世界では「神」のことです。
客観の世界では「全体感」のことです。
言い換えれば、
自他の区分け意識の無い状態のことです。
平たく言えば、
“自分は・・・”という自我意識の無い状態のことです。
言い換えれば、
『今、ここ』にいることです。
言い換えれば、
過去・現在・未来に想いを馳せない状態のことです。
言い換えれば、
時間の介入しない状態のことです。
そうすると、
主観性に基づく戒めである、
・神は主なるわたしをおいて他にいてはならない。
・あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
に対して、
客観性に基づく戒めは、
・全体感である「わたし」あっての部分観である「私」が存在するのである。
ということになるでしょう。