第二十四章 差別・不条理・戦争 V.S. 平等・公正・平和

差別意識が、選民思想の背景に潜んでいた。
まさに、
宗教が排他的である所以が、ここにあります。
極論すれば、
すべての宗教が選民思想を根底に持っているのです。
なぜなら、
神の定義自体が選民思想に他ならないからです。
そこで、
政治形態の一つに僭主政治というものがあります。
本来なるべくもない者が、自分こそ国家元首に他ならないと僭称して専制政治を行うことを言います。
従而、
世界に192ある国家の中で、国民の選挙によって国家元首を選ぶ共和制国家以外の国が依然70以上ある、22ある立憲君主制国家、50以上ある独裁国家はすべて僭主制国家と言っても過言ではありません。
そして、
僭主制国家の常套手段が、本来なるべくもない者が自ら神の化身のように振る舞う、選民思想を道具にするのです。
更に最悪なのは、
世襲・相続の差別慣習がここに加わる。
まさに、
神の化身化、すなわち、神格化こそ、世襲・相続制度の根源に他ならない証明です。
平たく言えば、
親から子へ、子から孫へ権利を委譲する世襲・相続制度の原点には、神格化の権利の委譲が潜んでいたのです。
まさに、
日本の天皇が「現人神」とされる「皇国史観」は、神格の権利委譲を世襲・相続制度に当てはめた、究極の不条理に他ならないのです。
畢竟、
究極の不条理こそが、差別・不条理・戦争の根源に他ならないのです。
逆に言えば、
究極の公正こそが、平等・公正・平和の源泉に他ならないのです。