第二十一章 組織社会=映像社会=錯覚社会

自分と他者の区分け意識が、支配・被支配二層構造の差別社会を生んだ。
自分と他者の区分け意識が、世襲・相続の差別社会を生んだ。
自分と他者の区分け意識が、男社会を生んだ。
自分と他者の区分け意識が、宗教と科学を盲信する社会を生んだ。
自分と他者の区分け意識が、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる社会を生んだ。
そして、
自分が上位で、自分以外のものは下位とする考え方が、差別意識の源泉にあって、自分と自分以外のものという区分け意識がある限り、差別意識が発生するのであり、自分の国と自分以外の国という区分け意識は国境線によって発生するように、自分と自分以外のものという区分け意識は自分の肉体の外皮、すなわち、五感によって発生するのです。
従而、
こころ、魂、精神・・・で表現されるモノ、すなわち、自分という意識は肉体(五感)によって発生するのです。
まさに、
肉体は滅びても、魂は永遠などという輪廻転生の考え方は本末転倒である証明に他なりません。
逆説的に言えば、
まさに、
魂は滅びても、肉体は永遠という相転移現象の在り方が真理である証明に他なりません。
まさに、
素粒子は粒子でもあり波動でもあると主張する量子力学は致命的な誤りを冒していた証明に他なりません。
なぜなら、
波動、すなわち、映像を実在と勘違いしていたからです。
言い換えれば、
組織、すなわち、映像を実在と勘違いしていたからです。
まさに、
組織の時代と言われてきた二十世紀までの人間社会は、勘違いの世界に他ならなかったのです。
そして、
そんな勘違いの世界を構築してきた人間社会とは、いわゆる先進社会、すなわち、近代以降の西欧列強社会に他ならず、明治以降の日本も東洋社会であるにも拘わらず、先進社会という勘違いの世界に他ならなかったのです。